News Release

免疫を担う抗体は、離合集散して安定性を保っていた

~新たなパターンで4つの抗体が結合する会合体を発見、原子レベルで特定することに成功~

Peer-Reviewed Publication

Nara Institute of Science and Technology

image: 

The schematic structures resulting from 3D domain swapping of the variable region #4VL (yellow) in the light chain #4C214A (yellow and light gray) of an antibody. The light chain of the antibody was found to maintain an equilibrium between monomeric and tetrameric states.

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Credit: Shun Hirota and Takahiro Sakai

【概要】

奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑 一裕)先端科学技術研究科 物質創成科学領域の廣田 俊教授、博士後期課程2年生の酒井 隆裕と、筑波大学(学長:永田 恭介)計算科学研究センターの重田 育照教授、大分大学(学長:北野 正剛)研究マネジメント機構の一二三 恵美教授、兵庫県立大学(学長:髙坂 誠)大学院理学研究科の緒方 英明教授の共同研究グループは、免疫反応で病原体など異物を認識して攻撃する抗体について、抗体どうしが新たなパターンで結合(会合)している会合体を発見しました。抗体は長短2本のタンパク質(免疫グロブリン)がセットで「Y字」型の上部(可変領域)で抗原を認識します。今回の発見で、その短い方のタンパク質である抗体軽鎖の可変領域で4つの抗体が会合して4量体を形成する状態が単量体の状態との平衡状態で存在していることがわかりました。さらに、その会合状態を原子レベルで明らかにし、新たな様式で会合体を形成することを突き止めました。今回の成果は、抗体の安定性向上と新規抗体医薬品の開発に役立つ研究として期待されます。

抗体は新型コロナウイルス感染症の拡大で大きく注目され、製薬及び医療用途の両方で目覚ましい成功を収めています。しかし、抗体は容易に凝集し、抗原を認識する能力が損なわれるという問題があります。さらに、間違った立体構造で折り畳まれたタンパク質は凝集しやすく、疾患を引き起こす可能性があり、抗体軽鎖が凝集して発症する疾患に「AL(免疫グロブリン性)アミロイドーシス」があります。こうしたことから、抗体軽鎖の凝集様式を解明することは大変重要ですが、抗体の凝集体の会合状態に関する原子レベルの詳細情報は限られています。

廣田教授らは、カラムクロマトグラフィーというタンパク質の大きさを分析する方法とX線結晶構造解析という分子の立体構造を調べる方法を用いました。まず、会合と解離の平衡状態を取る抗体軽鎖を見つけました。次に、4量体の試料について結晶化に成功し、大型放射光施設「SPring-8」の放射光X線を使って分子構造を原子レベルで特定しました。その結果、可変領域が分子間で同じ立体構造の一部を交換する現象である3Dドメインスワッピングにより会合し2量体を形成すること、この2量体がさらに2量化することで4量体を形成することが明らかとなりました。3Dドメインスワッピングした2量体どうしの相互作用界面には多くの疎水性アミノ酸残基が存在し、この水分子の影響を妨げる疎水性相互作用が4量体を安定化させていました。今回の研究成果により明らかになった抗体の新しい会合様式は、抗体分子の会合の阻害、酵素による抗体分解の阻害、抗体医薬品の開発などに役立つ情報です。

この成果は、2023年12月8日付でNature Communications誌に掲載されました。

【背景】

抗体は新型コロナウイルス感染症の拡大で大きく注目され、抗体医薬品は製薬及び医療用途の両方で目覚ましい成功を収めています。しかし、抗体は容易に凝集し、抗原を認識する能力が損なわれるという問題があります。さらに、その凝集体は、より大きな凝集体の核となる可能性があります。特に、間違った構造で折り畳まれた抗体軽鎖は凝集しやすく、ALアミロイドーシスを引き起こす可能性があります。ALアミロイドーシスでは、小さな形質細胞クローンから過剰発現した抗体軽鎖がアミロイド線維として組織に沈着します。以上のような抗体軽鎖の凝集の問題を解決するには、抗体の会合挙動を詳細に調べる必要がありますが、抗体の凝集体の会合状態に関する原子レベルの詳細情報はほとんどありません。そこで、抗体軽鎖の会合状態を原子レベルで特定できれば、抗体の品質を向上させ、将来の分子認識剤や医薬品の開発に大きく貢献できると考えました。

【研究手法・成果】

本研究では、蓄積したデータから多量化する抗体軽鎖を見つけ出し、重鎖とS-S結合を形成するシステイン残基を別のアミノ酸であるアラニンに置換した抗体軽鎖#4C214Aを作製し、その会合挙動を調べました。

抗体軽鎖#4C214Aは、大腸菌を用いて発現・培養し、クロマトグラフィーにより精製しました。得られた抗体軽鎖#4C214Aは4量体を形成し、単量体と4量体の平衡状態であることが、タンパク質の大きさを分析するサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)とSEC-多角度光散乱法(SEC-MALS)の測定により明らかとなりました。また、4量体から単量体への解離速度は一般的なタンパク質複合体の解離速度よりも著しく遅く、#4C214Aは4量体から単量体へ解離する際、大きな構造変化を伴うことが推測されました。さらに、#4C214Aの4量化に重要な構造領域を明らかにするため、#4C214Aを可変領域と定常領域に分けました。SEC及びSEC-MALS分析により、定常領域は単量体のみで存在しましたが、可変領域は単量体と4量体の平衡状態にあり、#4C214Aは可変領域で4量化することが示唆されました。さらに、4量体の試料について結晶化に成功し、SPring-8の放射光X線を使って分子構造を解明しました。その結果、可変領域は3Dドメインスワッピングした2量体がさらに2量化することで4量体を形成していました。3Dドメインスワッピングした2量体どうしの相互作用界面には多くの疎水性残基が存在し、疎水性相互作用が4量化に大きく寄与します。また、タンパク質の2次構造情報が得られる円偏光二色性測定法により、単量体に比べて4量体はβシート含量が多いことがわかりました。本研究により、抗体軽鎖の新しい会合状態が明らかになり、抗体の安定性向上が期待されます。

【波及効果、今後の予定】

本研究では、抗体が会合した立体構造を原子レベルで特定することに成功しており、その会合を防ぐことに役立ちます。また、抗体は単独で存在するときよりも、4量体で存在するときの方が構造がしっかり形成され、安定であることが示唆されました。こうしたことから、今回発見された新しい会合状態は、抗体の安定化に有効であると考えられ、今後、より扱いやすい新規抗体医薬品の開発設計が期待されます。また、化学修飾や異種タンパク質に連結することによって抗体を機能化させる手法は存在しますが、他の分子を用いずに抗体を連結する方法はこれまでなく、今回発見された会合状態は、機能性抗体を創製する新しい方法としても注目されます。

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【論文情報】

タイトル: Structural and Thermodynamic Insights into Antibody Light Chain Tetramer Formation through 3D Domain Swapping

著者: Takahiro Sakai, Tsuyoshi Mashima, Naoya Kobayashi, Hideaki Ogata, Lian Duan, Ryo Fujiki, Kowit Hengphasatporn, Taizo Uda, Yasuteru Shigeta, Emi Hifumi, Shun Hirota* (*, 責任著者)

掲載誌:Nature Communications

【研究室ホームページ】

https://mswebs.naist.jp/courses/list/labo_06.html

【用語解説】

抗体軽鎖の可変領域: 抗体は2本の重鎖と2本の軽鎖からできており、Y字の構造をしている。Y字の形の先端部分が異物(抗原)と結合する。軽鎖はY字の形の上側に位置し、異物と結合するためにアミノ酸配列及び立体構造が変化する可変領域と、それ以外の定常領域からなる。

ALアミロイドーシス: 免疫グロブリン軽鎖由来のアミロイド繊維が原因の疾患。アミロイド繊維は変性したタンパク質が形成する疎水性凝集物の一種であり、高い均一性と剛直性を有している。人体内でアミロイド線維が生成すると、生体内で沈着・蓄積し、多くの疾患と関連がある。例えば、アルツハイマー病ではAβペプチドがアミロイド繊維となって凝集する。

X線結晶構造解析: 結晶にX線を照射して得られる回折データを解析することにより、対象分子の原子レベルでの立体構造を調べる方法。タンパク質などの巨大分子の詳細な立体構造を知ることができる。

3Dドメインスワッピング: 同じタンパク質分子どうしでつくる2量体などの複合体において、分子内の2次構造(αへリックス、βストランド、ループ領域)や3次構造(ドメイン)を相手の同じ構造部分と立体的に交換していること。はっきりドメインと確認できるものどうしが交換する場合や、明確な3次構造を持たないで複合体の他方に単にループだけが入り込む例も多い。

サイズ排除クロマトグラフィー(SEC): 分子の大きさによって、タンパク質などの分子を分離する手法。

SEC-多角度光散乱法(SEC-MALS): タンパク質などの分子をサイズ排除クロマトグラフィーにより分離し、各フラクションに含まれる分子の大きさを光散乱法による見積る手法で、サイズ排除クロマトグラフィーより見積られる分子量よりも正確である。

円偏光二色性測定法: 円偏光二色性測定法は、右円偏光と左円偏光の吸収の差を測定する分光法。タンパク質の研究では、タンパク質の2次構造(αヘリックス構造やβシート構造)及び3次構造を調べるのに用いられる。


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