沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、東京大学、名古屋大学、名古屋市立大学の研究者と共同で行った研究で、細胞膜の損傷が細胞の老化を促進することを明らかにしました。2月22日に科学誌『Nature Aging』オンライン版に掲載された本論文は、同誌3月号の表紙を飾ります。
細胞の内側と外側を区切る細胞膜は、わずか5 nm、シャボン玉の薄膜の20分の1ほどの厚みしかありません。したがって細胞は筋肉の収縮や組織の損傷などによって容易に傷つきます。そうした傷に対処するため、細胞にはある程度までの細胞膜損傷であれば自ら修復できるメカニズムが備わっています。
細胞膜損傷を経験した細胞は、元通りに傷を修復して分裂を再開するか、もしくは傷を修復できず細胞死が引き起こされるか、いずれかの運命をたどるとこれまで考えられていました。しかし今回の研究では、細胞膜の傷が修復されたあと、細胞は分裂をやめ、老化することが明らかになりました。
がん細胞は無限に分裂できますが、がんでない正常細胞には細胞分裂の回数の上限があり、50回程度分裂したあとには不可逆的に増殖を停止し、老化細胞となります。老化細胞はまだ代謝的には活発ですが、若い細胞や健康な細胞とは異なり、様々な分泌タンパク質を産生することで、近傍の組織や離れた場所にある臓器の両方で免疫反応を亢進(こうしん)させます。このメカニズムは、創傷治癒の促進、がんの促進、老化など、私たちの身体に有益な結果と有害な結果の両方を引き起こします。近年、ヒトを含む動物の体内にある老化細胞を除去することで体の機能を若返らせることが様々な研究グループから報告されています。一方で、人体における老化細胞誘導の引き金については議論が続いています。今回、河野恵子准教授率いるOIST膜生物学ユニットの研究チーム(須田晃治郎、森山陽介、ヌルハナニ・ラザリら)は、細胞膜損傷により誘導された老化細胞の遺伝子発現パターンが、人間の体内の損傷した組織の近辺の老化細胞と非常によく似ていることを、バイオインフォマティクス解析などにより明らかにしました。この結果は、生体内の老化細胞が細胞膜損傷を起点として誘起される可能性を示しています。
細胞老化の引き金として最もよく知られている誘因は、繰り返し起こる細胞分裂(テロメア短縮)です。他にも、DNA損傷、がん遺伝子活性化、エピジェネティックな変化など、様々なストレスが細胞老化を誘導します。これまで、こうした様々なストレスがDNA損傷応答の活性化を介して最終的に細胞老化を誘導すると考えられていました。しかし、本研究により、細胞膜損傷はカルシウムイオンとがん抑制遺伝子p53が関与する別のメカニズムで細胞老化が誘導されることが明らかになりました。河野淳教授は、「これらの知見は、健康長寿を達成するための新たな戦略の開発に寄与する可能性があります」と、本研究の可能性に言及しています。
Journal
Nature Aging
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Cells
Article Title
Plasma membrane damage limits replicative lifespan in yeast and induces premature senescence in human fibroblasts
Article Publication Date
22-Feb-2024
COI Statement
The authors declare no competing interests.