[研究の内容]
(背景)
卵巣や精巣では減数分裂と呼ばれる特殊な細胞分裂が行われて、染色体の数が元の半分になることにより卵子や精子が作り出されます。卵子や精子形成過程のいずれにおいても、おおむね減数分裂は同じ仕組みで起きますが、雌雄でコントロールのされ方が異なることがわかっています。特に精巣では減数分裂の完了後に精子形成に特徴的な大きな形態変化が生じます。この精子形成に向けて、減数分裂を実行するために活発であった多くの遺伝子の発現が不活性化されます。石黒教授らの研究グループは、これまでの研究で減数分裂のスイッチを入れる遺伝子MEIOSINを発見し、それによって数百種類におよぶ精子・卵子の形成に関わる遺伝子が一斉に働くことや、MEIOSINの働きによって体細胞分裂から減数分裂に切り替わるメカニズムを明らかにしました(Ishiguro et al., Dev Cell 2020)。
しかしながら、精子形成に向けた遺伝子の活性化と減数分裂を終結に向かわせるメカニズムの詳細は不明であり、男性の不妊などの生殖医療とも直結する重要な問題でありながら、世界的にも長年解明されない課題でした。
[成果]
今回の研究成果は本研究グループが2020年に公表した減数分裂のスイッチを入れるMEIOSINの発見に続く続報で、MEIOSINの指令下で働くことが予想される機能未解明の遺伝子の働きの一端を明らかにしたものです。その一つとして見つかったHSF5は、Heat Shock Factor(熱ショック因子)と分類されるタンパク質の一つで、精巣で特異的に発現を示します。他の類似のHSF1 HSF2 HSF3 HSF4は熱ストレスに応答して働くことが知られていたのですが、HSF5の機能は不明でした。本来精巣は熱ストレスに弱い組織であることがわかっており、通常は男性(オス)の睾丸はぶら下がって体内37度より3-4低い温度に保たれています。本研究は、HSF5が熱ショック応答に働くのか?あるいは全く未知の別の機能があるのか?を問うのが当初の目的でした。
まずゲノム編集*1によりマウスのHSF5遺伝子の働きをなくすと、オスの生殖細胞がいったんは減数分裂を始めるものの、途中で死滅して精子がまったく作られず不妊となることが判明しました。次に、シングルセルRNA-seqと呼ばれる手法を駆使して、HSF5欠損マウスの精巣を詳細に解析したところ、HSF5が減数分裂の中盤以降の制御に必須の働きをしており、精子形成の活性化に関わる働きがあることを解明しました。さらに、ゲノム結合解析の手法を用いて、HSF5が減数分裂の中盤に出現してDNAと直接結合する活性があること、さらに精子形成活性化に役割を果たす多くの遺伝子のプロモーター*2と呼ばれる調節領域に結合し、減数分裂のプログラムを完了に向かわせると同時に精子形成の指令に働くことを明らかにしました。HSF5はその名の由来でHeat Shock Factor(熱ショック因子)と分類されるタンパク質の一つですが、従来知られていた熱ショック因子とはまったく異なるメカニズムによりDNAと直接結合する活性を示すことを明らかにした点においても、学術的には驚きの発見でした。HSF5は減数分裂の終了プロセスに必須の働きをしており、精子の形成に関わる重要な遺伝子であることから、今後の不妊症の病態解明など生殖医療の進展につながる可能性があります。
[展開]
今回の成果はマウスを用いて検証されたものですが、HSF5はヒトにも存在することがわかっています。ヒトに見られる不妊症は原因が不明とされる症例が多いことが知られていますが、今回の発見は、特に精子の形成不全を示す不妊症の病態解明に資することが期待されます。また、近年の晩婚化傾向や不妊治療への保険適用が開始されるなどの社会的背景からも、将来的には減数分裂のクオリティを担保する技術開発の応用など、生殖医療に大いに貢献することが期待されます。
[用語解説]
*1 ゲノム編集:遺伝子のDNA配列を人為的に書き換えることのできる新手法。
遺伝子を自在に編集できるため、マウス受精卵にこの操作を行うと、生まれてくる子世代で特定の遺伝子の働きを調べることができる。
*2 プロモーター:遺伝子の転写を始めるDNA領域で、ここに転写因子とよばれるDNA結合因子が結合する。
Journal
Nature Communications
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Animals
Article Title
Atypical heat shock transcription factor HSF5 is critical for male meiotic prophase under non-stress conditions.
Article Publication Date
29-Apr-2024
COI Statement
The authors declare no conflicts of interest.