image: McLeester and Alperstein analyze material from flotation.
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Credit: Jesse Casana
新たな考古学調査から得られた知見によって、北米の集約農業は中央集権的な社会または栽培に適した環境でしか行われなかった、という長年の仮定に疑問が呈された。この知見から、米国ミシガン州アッパー半島では植民地時代以前に広範な農業景観が広がっていたことが明らかになり、この地は寒冷な気候で栽培限界であるにもかかわらず、アメリカ先住民のコミュニティは西暦1000年から1600年の間にトウモロコシを集約的に栽培していたことが示唆された。現在米国と呼ばれている土地では、アメリカ先住民コミュニティが次第に集約的なトウモロコシ栽培に依存するようになった。この農業変化は、大きな社会的・環境的変化に伴うものである。しかし、ミシガン州北部のように森林が密集し、気候が寒冷で、生育可能期間が短い栽培限界にある地域の場合、特にワイルドライス(マコモの種子)が豊富に手に入ることを考えると、どのような規模でトウモロコシが栽培され、どの程度農業が集約化されていたかは依然として不明であった。米国東部の多くの地域において、植民地時代以前に集約的農業が行われたという直接証拠が得られるのは極めてまれである。なぜなら、先住民の農地の大部分は、植民地時代の欧州人やアメリカ人による耕作、定住、産業活動によって、不可逆的に変化してしまったからである。しかし、ミシガン州アッパー半島のシックスティ・アイランズ地域にある考古学遺跡には、珍しいことに、植民地時代以前の複雑な盛り土畑とトウモロコシ栽培の証拠が残されている。著者らによると、シックスティ・アイランズの遺跡は、ミシガン州で唯一知られている植民地時代以前の農地遺跡として保存されているが、現在採鉱が提案されており、脅威にさらされているという。
祖先が行っていた農作業の規模と性質について理解を深めるため、Madeleine McLeesterらは、シックスティ・アイランズの遺跡でドローンによるライダー調査と発掘を実施した。その結果、土を盛り上げた畝が300ヘクタール以上にわたり広がる、きわめて保存状態の良い広大なシステムが見つかった。これは米国東部でアメリカ先住民の祖先が農業を行っていたことを示す、最も大規模な既知の例である。放射性炭素年代の測定結果は、畝になった農地が西暦1000年から1600年の間に盛んに利用されていたことを示している。この期間は気温の低い小氷期と重複している。気候は厳しく、労働力は乏しく、主食となる別の食物が自然界にあったにもかかわらず、農民だった祖先はトウモロコシやその他の作物を栽培し、顕著な成功を収めたのである。さらにMcLeesterらは、堆肥にした家庭ごみや栄養豊富な湿地土壌を取り入れて肥沃度を高めるなど、高度な土壌管理が行われていた証拠も見出した。この調査では、農業構造に加えて、埋葬塚、儀式用土構造物、居住場所など、関連する考古学的特徴も数多く明らかになり、農業が広範な文化的景観にすっかり組み込まれていたことが示唆された。集約農業は中央集権的な政治権力と大規模な集団に結びついているという長年の仮定に反して、著者らは、この複雑なシステムが小規模で平等主義的なコミュニティによって作り出されたことを示した。
Journal
Science
Article Title
Archaeological evidence of intensive Indigenous farming in Michigan’s Upper Peninsula, USA
Article Publication Date
5-Jun-2025