image: 放射状に広がる紫色の光とコンピュータチップの模様を背景に、握手を交わす様子が描かれた画像。 view more
Credit: 瀬良垣 香織(OIST)
最先端科学の現場では、扱えるデータが限られていることがよくあります。一方で、機械学習(ML)では、大量で高品質なデータセットが必要とされます。そのような中、研究者たちはAIを効果的に活用して、研究を進めています。 このほど『Physical Review Research』に掲載された論文では、研究者たちが凝縮系物理学の複雑な課題に取り組むための機械学習の活用法を紹介しています。この手法は、従来の物理学的シミュレーションや機械学習アルゴリズム単独では解決できなかった難問に挑むものです。
研究チームは「フラストレート磁性体」を研究してきました。これは、磁性イオン同士の相互作用が競合することで、特異な磁気特性を示す磁性材料です。これらの材料の研究は、量子コンピューティングの理解を深めるだけでなく、量子重力の解明にも貢献しています。しかし、フラストレート磁性体は、磁性イオンの相互作用に由来するエネルギー障壁のため、シミュレーションが非常に困難です。
本研究では、日本、フランス、ドイツの研究チームは、ある特定の磁性材料の性質が絶対零度に近づくにつれてどのように変化するかを調べました。注目したのは「スピン液体」と呼ばれる特異な相で、これはちょうど水が氷に凍るように、スピン液体が別の磁気状態へと「凍る」ことがあります。ところが、その状態を特定しようとした際、シミュレーション結果の解釈ができず、理解に苦しむこととなりました。
「近年、誤り耐性のある量子コンピュータの理解に役立つ可能性がある『量子スピン液体』に、物理学者たちは大きな関心を寄せています」と語るのは、本研究の共著者であり、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の量子理論ユニットを率いるニック・シャノン教授です。「2020年に、こうしたスピン液体が『ブリージングパイロクロア』と呼ばれる磁性材料群に自然に現れる可能性があることを発見しました。しかし、低温でそのスピン液体がどうなるのかは、当時は解明できませんでした。」
OISTの研究チームは、従来型の磁気秩序を分類できる機械学習アルゴリズムを開発したミュンヘン大学(ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン/LMU)の機械学習の専門家と共同で研究を進めました。
「私たちの手法は非常に解釈しやすく、人間にとって意思決定の過程が理解しやすいという特徴があります。また、事前のモデル学習に依存しないため、データが限られているような用途にも、他の機械学習手法と比べて適しています」と語るのは、本研究の共著者であるミュンヘン大学のLode Pollet教授です。「OISTと連携する以前は、この手法をスピン液体に適用したことがなく、他のアプローチではうまくいかなかった難解な物理の問題に対して、何らかの手掛かりが得られるのではと期待していました。」
スピン液体の冷却過程をモデル化するために、研究チームは「モンテカルロ法」と呼ばれる計算手法を用いました。シミュレーションデータを機械学習アルゴリズムに通して結果を解析することで、機械学習の出力からパターンが浮かび上がってきました。この結果を活用し、モンテカルロ法を逆方向に実行しました。つまり、機械学習によって見つかった低温でのパターンを初期条件として設定し、未知の磁気相を加熱することで、逆方向の相転移をシミュレートしたのです。この新たなシミュレーションにより、その磁気相の性質が確認され、量子研究の分野に新たな知見がもたらされました。
「興味深いのは、人間だけでも機械だけでもこの問題は解けなかったという点です。まるで同僚同士が協力するように、アルゴリズムが私たちが見落としていたものを見つけ、私たちもまたアルゴリズムに新たな視点を与える――そうして一緒に、理解の全体像を築き上げていったのです」と語るのは、本研究の共著者であり、ボルドー大学/CNRSのLudovic Jaubert博士です。「このアプローチには大きな可能性があります。凝縮系物理学には多くの複雑で未解決な問題があり、人間とAIの協働によって、それらを解決できるかもしれません。」
Journal
Physical Review Research
Method of Research
Computational simulation/modeling
Article Title
Human-machine collaboration: Ordering mechanism of rank-2 spin liquid on breathing pyrochlore lattice
Article Publication Date
14-Jul-2025