image: 5つの主要な生物グループのほとんどにおいて、化石による重要な証拠が見つかっている。ディッキンソニアの化石は、古代動物の存在を示す証拠である。 view more
Credit: Citronnel/Wikimedia Commons, copyright CC-BY-SA-4.0
沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者らが主導した新たな研究成果が、『Nature Ecology & Evolution』誌に掲載されました。本研究では、菌類の進化のタイムラインや進化経路に光を当て、古代の陸上生態系に与えた菌類の影響を示す証拠を明らかにしました。その結果、陸上植物が出現する数億年前には、すでに菌類が多様化していた可能性が示唆されています。
複雑な生命の出現に至る5つの道筋
本研究の著者であり、OISTモデルベース進化ゲノミクスユニットの責任者であるゲルゲイ・J・ソローシ教授は、本研究の背景について次のように説明しています。
「複雑な多細胞生物、つまり多くの協力する細胞がそれぞれ専門的な役割を持つ生物は、動物、陸上植物、菌類、紅藻、褐藻の5つの主要なグループで、それぞれ独立して進化しました。かつて単細胞生物が支配していた地球では、複雑な多細胞生物の進化という画期的な変化が、少なくとも5回独立して起こったのです。これらのグループがいつ出現したのかを理解することは、地球上の生命の歴史を解き明かすうえで非常に重要です。」
「出現」とは、単に細胞が集まっただけではなく、細胞が専門的な役割を担い、私たちの体のように明確な組織や器官を形成した生物が誕生したことを指します。この進化的飛躍には、高度な細胞接着機構や、個体全体で細胞が複雑に情報をやり取りする仕組みなど、新しい精巧な機構が必要でした。こうした仕組みは、5つの主要グループそれぞれで独立して発達したと考えられています。
生命の進化がいつ分かれたのかを特定するのは難しい
多くの生物のグループにおいて、化石による記録は地質学的なカレンダーの役割を果たし、太古の時代を理解するための「指標」となります。例えば、インドで見つかった海藻様の候補化石からは、紅藻が約16億年前には出現していた可能性が示されます。ディキンソニアのようなエディアカラ生物の化石からは、動物が約6億年前に出現したことが分かり、微小な化石胞子からは、陸上植物が約4億7千万年前に定着したことが推定され、昆布のような形をした化石から、褐藻は陸上植物よりもさらに数千万年から数億年遅れて多様化したと考えられています。このように、こうした証拠から、生命の複雑さの年代的な全体像を描き出すことができます。
しかし、化石に基づく年代の流れを理解するにあたって、一つ大きな例外となるグループがあります。それが菌類です。菌類王国は長らく古生物学者にとって謎の存在とされてきました。その理由は、菌類の体が柔らかく糸状であるため、化石として残りにくいことにあります。さらに、動物や植物のような、複雑な多細胞性が単一の起源に由来すると考えられるグループとは異なり、菌類は多様な単細胞の祖先から複数回にわたってこの性質を獲得しており、化石記録が少ない中で菌類の単一の起源を特定することは極めて困難です。
遺伝子時計を読み解く
菌類の化石記録の空白を補うため、科学者たちは「分子時計」という手法を用います。この考え方は、遺伝子の変異が世代を重ねるごとにほぼ一定の速度で蓄積される、まるで時計の針が刻むように進む、という考えに基づいています。2つの種の遺伝子の違いの数を比較することで、共通祖先からどれくらい前に分岐したのかを推定することができます。
しかし、分子時計はまだ正確な年代に合わせられていないため、相対的な時間の流れはわかっても、何年前かという絶対的な年代を示すことはできません。時計を正確な年代に合わせるためには、化石記録から得られる「アンカーポイント(年代の目印)」を使う必要があります。しかし、前述の通り、菌類の化石は非常に少なく、目印を定めづらいことが大きな課題となっていました。そこでOISTの研究チームは、新たな情報源を活用してこの課題に取り組みました。それが、異なる菌類系統間でまれに起こる遺伝子の「交換」、すなわち、水平遺伝子伝播(HGT)です。
ソローシ教授はこの概念について次のように説明します。「遺伝子は通常、親から子へ『垂直』に受け継がれますが、HGTでは遺伝子がある種から別の種へ『横に』跳ぶように移る、という様子を想像してみてください。こうした遺伝子の移動は、年代を推定する上で強力な手がかりになります。たとえば、系統Aの遺伝子が系統Bに移ったことが分かれば、系統Aの祖先は系統Bの子孫よりも古い、という明確なルールが成立するのです。」
研究チームは、このような遺伝子伝播を17件特定し、「~より古い/~より新しい」という関係を一連に整理しました。さらに、これを化石記録と組み合わせることで、菌類の年代の流れをより正確に絞り込むことに成功したのです。
菌類王国の古代史に新しい視点
今回の研究により、生きている菌類の共通祖先は、およそ14億~9億年前に存在した可能性があることが分かりました。これは陸上植物が出現するよりもはるか前の時代です。この年代は、菌類と藻類の長い相互作用の歴史を示しており、陸上での生命の基盤を築くうえで重要な役割をはたしていたことを示唆しています。
本研究の共同筆頭著者であるレーナルト・L・サントー博士は、今回の発見の重要性について次のように強調します。「菌類は生態系の中心的存在です。栄養分を循環させ、他の生物と共生し、時には病気を引き起こすこともあります。今回、菌類の進化年代を特定できたことで、植物が出現するずっと前から菌類が多様化していたことが明らかになりました。これは、藻類との初期の共生関係が、陸上生態系の発展を支えたことを示しています。」
この新しい年代推定は、生命が陸上に進出した歴史を根本から見直すものです。最初の陸上植物が定着する何億年も前に、菌類はすでに存在しており、微生物コミュニティの中で藻類と相互作用していた可能性があります。この長い準備期間が、地球とを生命が住める環境へと変える重要な役割を果たしたと考えられます。岩石を分解し栄養分を循環させることで、古代の菌類は、最初の生態系エンジニアとして原始的な土壌を作り出し、陸上環境を根本から変化させたとみられます。この新しい視点から歴史を振り返ってみると、植物は何もない荒地に進出したのではなく、古代から持続的に活動してきた菌類王国の働きによって、長い年月をかけて整えられた世界に定着したのです。
著者について
本研究は、OISTのモデルベース進化ゲノミクスユニットを中心に行われました。このユニットは、ゲルゲイ・J・ソローシ教授と Eduard Ocaña-Pallarès 博士が共同で率いており、共同筆頭著者はレーナルト・L・サントー博士と Zsolt Merényi 氏です。研究チームは、ヨーロッパ各地の研究者とも協力しており、ハンガリーのセゲドにあるHUN-REN生物学研究センターで Zsolt Merényi 氏を含む László G. Nagy 教授のグループも参画しました。同グループは、菌類の進化ゲノミクスや多細胞性の進化において著名です。さらに、本研究には、英国ブリストル大学の古生物学グループを率いる Philip Donoghue 教授や、スペインのバルセロナ生物医科学研究所(IRB)およびバルセロナ・スーパーコンピューティング・センター(BSC)所属で比較ゲノミクスの専門家である Toni Gabaldón 教授も共同研究者として参加しています。
Journal
Nature Ecology & Evolution
Method of Research
Data/statistical analysis
Article Title
A timetree of Fungi dated with fossils and horizontal gene transfers
Article Publication Date
1-Oct-2025
COI Statement
The authors declare no competing interests.