image: 黒いグラファイトの円盤が、円形の磁石3個の上で浮かんでいる様子。 view more
Credit: エイドリアン・スコウ(OIST)
長年にわたって手品師や物理学者の関心を集めてきた浮遊現象。宙に浮かぶ物体は、マジックショーの観客を驚かせます。一方、科学者にとっては、外乱を遮断するための有効な手段となります。これは特にローターにおいて役立ちます。重力や空気の圧力、物体の動きなどを測るときに使う回転の力(トルク)や回転の勢い(角運動量)は、摩擦によって大きく左右されてしまうからです。ローターは古典物理学と量子物理学の両分野において、重力、気体の圧力、運動量など、さまざまな現象の測定に用いられます。ローターを浮かせることで、外乱を大幅に低減できる可能性があります。この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、摩擦の影響をほぼ排除した、マクロ的(巨視的)立場の浮上装置を設計・製作・解析し、精密工学によって浮遊という「魔法」を現実のものとしました。
ミクロ(微視的)研究において利用される光学式または電気式の浮上装置は、極めて高度な環境や装置を必要とします。これに対し、冷却することなく室温で動作する常温磁気浮上を利用したマクロの磁気浮上システムは、構造がよりシンプルであるだけでなく、環境への耐性も格段に高く、ミクロの装置で浮上する原子粒子とは異なり、重力の影響を受けるため、実用的な重力測定や、量子物理学と古典物理学の境界領域における基礎研究にも適しています。しかしながら、これらの装置は長年、渦電流による減衰によってその開発が阻まれてきました。
この度、科学誌『Communication Physics』に掲載された本研究において、OIST量子マシンユニットの研究チームは、洗練された解決策を提示しました。同ユニットの博士課程学生であり本論文の筆頭著者であるキム・デヒーさんは次のように説明しています。「直径1センチのグラファイトディスク(円盤)と数個の希土類磁石を用いて、軸対称性のおかげで渦電流による減衰がまったく生じない反磁性浮遊ローターを実験的に実証し、理論的にも証明しました。ローターの回転を十分に遅くできれば、その運動は量子領域に入り、量子研究の新たなプラットフォームとなる可能性があります。」
渦電流に逆転の発想
導電性物質(電気を通しやすい物質)が不均一な磁場内で位置を変えると(磁石に近づけたり、遠ざけたりすると)、物質内部に電子の循環電流(渦電流)が発生します。これにより反対の磁場が生じ、摩擦のような抵抗となり、運動を妨げます。意図的に利用すれば、渦電流による減衰は電動工具や新幹線の効率的なブレーキなど、多くの実用的な用途があります。しかし、ローターの動きを通じて物理現象を測定したい場合、この摩擦は問題となります。
昨年、同ユニットの研究チームはこの課題に対処するため、シリカでコーティングしたグラファイト粉末をワックスに混ぜ込んだ正方形のプレートを作成しました。これにより渦電流がプレート全体ではなく粉末の個々の粒子に閉じ込められ、渦電流減衰が劇的に低減されました。この浮遊プレートの開発は、重力のような物理現象に対して非常に高感度な精密加速度計の実現への道を開きました。本装置の以前の設計を基にした装置が、最近、宇宙に打ち上げられました。これは、将来的に宇宙空間における浮遊実験の概念実証として行われたもので、ダークマター(暗黒物質)の相互作用や重力波など、基礎物理学のさまざまな課題の研究を目的としています。
しかしながら、シリカでコーティングされたグラファイト粉末を結合するために使用されたワックスは、システムの浮上力を著しく低下させました。これにより、他のシステムに組み込むにはあまり適さなくなりました。例えば、その回転を追跡するための鏡などの追加重量が加わると、システムが不安定になる可能性があるためです。
今回実証したローターディスクは、純粋なグラファイト製で、強力な浮上力を維持しています。また、理想的な条件では、渦電流による減衰も全く起こりません。「このプレートの設計上、上下移動時に微弱な渦電流による減衰が生じます。磁場の強さ(磁束)が変化し、シリカでコーティングされたグラファイト粒子内部に渦電流が発生するためです」と、量子マシンユニットを率い、本論文の責任著者であるジェイソン・トゥワムリー教授は説明します。「しかし、ローターディスクは、磁石の上で中心軸のまわりを回転しているあいだ、同じ磁場内に留まります。そのため、磁束の変化が生じないため、渦電流による減衰は起こらなくなります。」
このシステムは、シミュレーションによるモデル化、数学的な理論検証、そして実験による実証を経て開発されました。グラファイトディスクと磁石をどれだけ理想的な軸対称に加工できるか、そして可能な限り完全な真空状態に近づけてどれだけ空気抵抗を減らすことができるかが、システムの精度を左右する重要な要素となっています。「製造工程に実用的な改良を加えれば、浮遊ローターはナノメートルではなくミリメートルスケールで動作する超高精度センサーに最適です」とトゥワムリー教授は総括しています。「高速回転させれば精密で信頼性の高いジャイロスコープとして機能し、回転を減速して冷却させれば量子の領域まで到達できます。私たちは特に後者に注目しています。それは、真空中の重力や回転重ね合わせといった量子現象をマクロスケールで研究する上で非常に有望なプラットフォームだからです。」
Journal
Communications Physics
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Not applicable
Article Title
A magnetically levitated conducting rotor with ultra-low rotational damping circumventing eddy loss
Article Publication Date
10-Oct-2025
COI Statement
The authors declare no competing interests.