video: ボールミル(粉砕装置)は機械化学の一形態であり、ステンレス鋼製のボールが入ったステンレス鋼製チューブに原料を添加し、カメラの可視範囲を超える極超高速で攪拌する。 view more
Credit: ボグナ・バリシエフスカ(OIST)
化学産業は世界最大規模の産業の一つであり、医薬品や農薬、材料など、私たちの生活に欠かせない製品を支えています。各反応において試薬や条件を最適化し、効率性と、近年ますます重要となっている持続可能性を追求するため、細心の注意が払われています。合成分野で急速に発展している「機械化学(メカノケミストリー)」では、機械的な力を用いて試薬を混合することで、溶媒の使用量を削減し、環境負荷の少ない反応を可能にします。この手法により、従来困難だった多様汎用化学品の合成への道が開かれています。
典型的な機械化学の装置では、ボールを入れた容器に反応物を入れ、高周波で振動させて混合と粉砕を行います。機械化学の研究者の間では、金属酸化物や圧電材料(機械的な力で電気的に分極する材料)などの不溶性の個体添加物が、触媒や反応物の活性化を助けると広く信じられてきたため、反応混合物にこれらの添加物が加えられることがよくあります。しかし、この方法においては、重要な側面がしばしば見過ごされてきました。それは、こうした装置で固体試薬を混合する際、研磨用のボール(多くの場合ステンレス鋼製)が摩耗するという点です。今回、科学誌『Angewandte Chemie』に掲載された新たな研究により、この摩耗が機械化学的触媒プロセスにおいて重要な役割を果たすことが明らかになり、従来の反応メカニズムの再検討が求められています。
この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)が行った新たな研究により、一般的な添加剤による摩耗が、機械化学的条件下で反応を効率的に進めることが明らかになりました。驚くべきことに、炭化タングステンやダイヤモンドパウダーといった、通常は化学的に不活性と考えられている研磨剤でさえ、触媒の活性化やカップリング反応を促進することが確認されました。
本研究の著者であり、OIST錯体化学・触媒ユニットを率いるジュリア・クスヌディノワ教授は次のように述べています。「この研究は、機械化学触媒に対する私たちの考え方を根本から変えるものです。機械化学反応を促進する上で、使用する添加剤と装置そのものの両方が重要な役割を果たすことが示されました。こうした知見は、反応メカニズムに関与する可能性のある隠れた影響を考慮する上で手掛かりとなります。」
摩耗が引き起こす化学反応の変化
研究チームは、多様な汎用化学品の製造に広く応用される「クロスカップリング反応」を、本研究のモデルとして採用しました。ステンレス鋼製の容器とステンレス鋼製のボールを用いた条件下では、高収率の反応が達成された一方で、セラミック製の容器とセラミック製のボールを用いた場合には、反応が起こらないことが確認されました。各種分析技術により、反応中に鋼材が摩耗し、鉄やクロムなどの金属が反応混合物中に溶出していることが明らかになりました。摩耗した金属は、反応混合物中に存在する安定なニッケル前駆体触媒を活性化し、触媒活性種へと変換しました。触媒活性化に用いられた研磨添加剤を顕微鏡分析すると、微細な研磨添加剤粒子が、研磨ボールから削り取られたステンレス鋼の薄い層で局所的に覆われていることが確認されました。筆頭著者であるOIST博士課程学生のトーマス・ハシビデルさんは次のように述べています。「本研究は、反応装置について再考し、摩耗が化学反応に与える影響を考慮する必要があることを示しています。摩耗が機械化学的触媒作用において重要な役割を果たし得ることを私たちは実証しました。」
新たな触媒の可能性
本研究は、機械化学的メカニズムに潜む複雑さへの注意を促す一方で、多くの化学反応において、安価で便利な触媒反応の可能性も示しています。今後の研究計画について、クスヌディノワ教授は次のように述べています。「このような摩耗が影響を及ぼす反応の範囲を探りたいと考えています。それにより、幅広い機械化学的合成で利用できるシンプルで安価なプロトコルを構築できるようになり、農薬や医薬品など、さまざまな分野への新たな道が開かれるでしょう。」
Journal
Angewandte Chemie International Edition
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Not applicable
Article Title
Mechanically Induced Nickel Catalyst Activation in Cross-Coupling Reactions by Abrasion
Article Publication Date
10-Nov-2025
COI Statement
The authors declare no conflict of interest.