image: 染色後、細胞とその核は顕微鏡で画像化・解析・追跡が可能。これにより、細胞分裂をリアルタイムで観察し、個々の細胞の進行を追跡できる。 view more
Credit: アンドリュー・スコット(OIST)
細胞分裂(有糸分裂)が長引くことは、DNA損傷や染色体の不安定性など、細胞に異常が生じているサインです。そのため、細胞には時間を測る仕組みが備わっており、分裂期が長時間続くと「分裂期ストップウォッチ経路」と呼ばれるストレス応答が作動し、細胞周期の停止や細胞死を引き起こします。この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、一部のがんが、この「時間感覚を失う」ことで、ストレス応答を回避できることを発見しました。この成果は、将来のがん治療法開発に新たな視点をもたらす可能性があります。
科学誌『Nature Communications』に掲載された本研究は、分裂期ストップウォッチ経路に関与するユビキチン特異的プロテアーゼ28(USP28)というタンパク質に焦点を当てています。USP28は、腫瘍抑制因子として知られるp53タンパク質を安定化させる複合体の一部を構成します。研究チームは、USP28のうち、この複合体を結合させるために不可欠な相互作用を形成する分子領域と、がんがこのストップウォッチ効果を回避する原因となる特定の変異を突き止めました。
本研究の責任著者であり、OIST細胞増殖・ゲノム編集ユニットを率いるフランツ・マイティンガー准教授は次のように説明します。「細胞は常に損傷に応答できる状態を維持する必要があります。そのため、多くのストレス応答経路で重要な役割を担うタンパク質であるp53を絶えず産生しています。p53は細胞内に十分な量存在すると、細胞周期の停止や細胞死を引き起こします。p53は分解が非常に速いため、複合体に結合するなどして安定化しなければ十分な量に達しません。この安定化が阻害されると、がん細胞のように細胞分裂が継続してしまいます。私たちの目標は、がんの分子基盤を理解し、将来の治療法開発に貢献することです。」
顕微鏡で見るUSP28
研究チームは、生細胞イメージングや単一細胞トラッキングといった実験的手法に加え、AlphaFoldによるタンパク質構造予測などの理論的手法を組み合わせることで、USP28活性を支える分子基盤を解明しました。
筆頭著者のハズラト・ベラル博士は「USP28のC末端が結合に関与していることを発見しました」と述べています。C末端とは、タンパク質鎖の一端で、カルボキシル基と呼ばれる分子基を特徴とします。「多くのがんでは、USP28のこの領域に変異があります。私たちの調査では、これらの変異がタンパク質複合体の形成を阻害し、その結果、細胞分裂と細胞増殖が継続することが分かりました。」
分裂期ストップウォッチの理解
本研究は、著者らが過去10年間にわたり取り組んできた研究の最新成果であり、これまでに分裂期ストップウォッチ経路のメカニズムに関する複数の側面を報告してきました。しかし、依然として多くの謎が残されています。
マイティンガー准教授は、「細胞がどのように時間を計測するのか、まだ解明されていません。どのように30分や一時間といった時間を感知し、いつ分裂期ストップウォッチを作動させているか?また、その複合体は具体的にどのような構造をしているのか? 構造に関する情報は一部得られていますが、全体像はまだ把握できていないのです」と説明します。
抗有糸分裂薬の開発を目指して
がん細胞が分裂期ストップウォッチ経路を回避する仕組みに新たな光を当てることで、研究チームはこの知見が抗がん治療の開発に役立つことを期待しています。「パクリタキセルなどの抗有糸分裂薬は、多くの固形腫瘍の治療に広く用いられています。分裂期ストレス応答を制御する分子メカニズムを解明することで、次世代抗有糸分裂療法の開発に貢献し、特定の生物学的・臨床的状況において最も効果的な薬剤を選択できるようになるでしょう。」とマイティンガー准教授は語っています。
Journal
Nature Communications
Method of Research
Imaging analysis
Subject of Research
Cells
Article Title
Cancer-Associated USP28 Missense Mutations Disrupt 53BP1 Interaction and p53 Stabilization
Article Publication Date
9-Dec-2025