image: PL-Display およびそれを用いたスクリーニング法の解説 view more
Credit: ナノ医療イノベーションセンター
川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター(略称:iCONM、センター長:片岡一則)は、このたび、同センター一木ラボの上野真吾・副主幹研究員を中心とする研究グループの成果を以下の学術論文としてまとめ、学術誌 PNAS Nexus(注1)に2月13日付でオンライン掲載されたことをお知らせいたします。
“Peptide ligase–mediated display: A cell-free platform for tunable selection of affinity peptides”
(邦訳:ペプチドリガーゼを介したディスプレイ法:親和性ペプチドの選択閾値を調節可能な無細胞プラットフォーム)
著者:Shingo Ueno, Fumi Toshioka and Takanori Ichiki
DOI:https://doi.org/10.1093/pnasnexus/pgag031
生体内の機能の多くは、タンパク質の立体構造が造る鍵穴(受容体)と、そこにぴったりとはまる分子(リガンド)のマッチングによりスイッチが入ったり切れたりして調節されます。この鍵穴が変形したり(タンパク質の変異)、偽の鍵ができてしまうと生体機能が狂い病気となります。創薬研究には、鍵穴となる受容体にはまる化合物を探すためのスクリーニングという作業があります。今回、論文発表した内容は、その作業の効率性を飛躍的に高め、また、これまで扱いにくかった毒性の高いタンパク質も扱うことができるなど多くのメリットがあります。その根底にあるものは細胞を使わず、1ビーズに1つのペプチド(短鎖のタンパク質)を伴う磁気ビーズを製造し利用する技術となります。天然の細胞で作るペプチドの数は一定ではないので、データが安定しないなどの欠点がありました。従来の手法と比較すると10倍以上の効率アップとなり、高温、高塩の条件でもスクリーニングができることは、創薬におけるリード化合物探索に要する時間を大幅に短縮できることに繋がります。以下、詳細に紹介します。
- 研究の背景
特定の相手だけにぴったりくっつくタンパク質やペプチドを見つける技術は、新しい薬をつくったり、病気を調べたりするための土台となる、とても大切な技術です。これまで、目的の相手に結合するタンパク質を探すために、「ディスプレイ技術」と呼ばれるさまざまな方法が開発されてきました(注2)。最近では、大腸菌や酵母などの生きた細胞を使わずに、試験管の中でタンパク質をつくる「無細胞タンパク質合成」という方法が広く使われています。この方法は、細胞を育てる必要がないため、より自由で効率よく目的のタンパク質を探すことができます。iCONMの研究チームは、この無細胞合成でつくったタンパク質を、磁石にくっつく小さな粒(磁気マイクロビーズ:注3)の表面に固定する新しい方法を開発しました。この技術により、タンパク質が標的にどれくらい強く結合しているかを、ビーズ1粒ずつ正確に測定し、優れたものだけを選び出すことができるようになりました。
- 研究の成果
本研究では、「ペプチドリガーゼ」という、ペプチド同士をつなぐ働きをもつ酵素の性質を利用しました。この酵素を使って、ペプチド(短いタンパク質の断片)と、その設計図であるDNAを、わずか9個のアミノ酸からなる短いつなぎ部分を介して、小さなビーズの表面にしっかりと固定する新しい技術を開発しました。この方法を「PL-display」と名付けました。この技術の特長は、生きた細胞をまったく使わずに、1粒のビーズに1種類のペプチドとそのDNAを対応づけて表示できることです。そして、FACS(注4)という装置を使うことで、ビーズを1粒ずつ調べ、目的の性質をもつものだけを数値に基づいて正確に選び出すことができます。この技術が正しく機能するかを確かめるため、次のような実験を行いました。
まず、HA-tagとHis-tagという2種類の目印となるペプチドのDNAを同じ量ずつ混ぜ、それぞれをビーズ上に表示させました。そこに、それぞれのペプチドにだけ結合する蛍光付き抗体を加えました。標的に結合したビーズは光が強くなるため、FACSで光の強いビーズだけを選び出しました。そして、選び出したビーズに固定されているDNAをPCR(注5)という方法で増やし、どの遺伝子が含まれているかを調べました。その結果、狙ったペプチドの遺伝子だけを正確に取り出せることが確認できました。さらに、HA-tagの遺伝子が1万分の1(0.01%)しか含まれていない混合液からでも、たった1回の選別でHA-tagの遺伝子を完全に分離することに成功しました。また、約170万種類ものランダムな配列をもつペプチドの中からでも、抗HA-tag抗体に結合するペプチドを、2回の選別で効率よく集めることができました。
ビーズ1粒ごとの光の強さをもとに、どの程度厳しい基準で回収するかを判断することで、従来の方法では難しかった「1回の選別で1万倍に濃縮する」という高い効率を達成しました。その結果、実際の創薬研究に近いような多様なペプチドの集団の中からでも、目的に合ったものを短時間で見つけ出せることが示されました。
- 新規性
この技術では、「無細胞タンパク質合成」という方法を使っています。これは、生きた細胞を使わずに試験管の中でタンパク質を作る方法です。そのため、細胞を育てるための条件にしばられることがなく、細胞ごとのタンパク質の作られ方のばらつきにも影響されません。また、細胞にとって有害なタンパク質や、通常の体内環境とは異なる特殊な条件でも、問題なく調べることができます。さらに、この技術では、タンパク質とその設計図であるDNAが、切れにくい強い結合でしっかりとつながれています。そして、1つのビーズには1種類のタンパク質だけが表示されています。そのため、強く洗ったり、塩の濃度を高くしたりといった厳しい条件でも安定しており、ビーズ1粒ずつについて「どのくらい標的に結合しているか」を正確に評価できます。ビーズの明るさ(蛍光の強さ)を目印にして選び分けるFACSという装置を使うことで、「どの程度の明るさ以上を回収するか」という基準を自由に、しかも細かく設定できます。
この仕組みにより、非常に強く結合するタンパク質だけでなく、「強すぎず弱すぎない、ちょうどよい結合力」をもつタンパク質を選び出すことも、理論上は可能になります。
- 将来性と社会への貢献
PL-displayによる標的結合タンパク質の高効率スクリーニングは、治療・診断用のペプチドや低分子抗体の探索、非生理的環境下で用いる産業用タンパク質の開発、磁気ビーズのプラットフォームを活用した自動化・ロボティクスによる高速スクリーニングなど、創薬・診断・バイオ材料開発などの幅広い分野での応用が期待されます。
注1)
PNAS Nexus は、米国科学アカデミーが2022年に創刊した学術誌で、新興分野や学際的研究など、学問の境界を切り拓く高インパクト研究の発信を目的としています。伝統ある『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』の機能を拡張する位置づけのジャーナルとして、国内外から注目を集めています。
注2)
タンパク質ディスプレイ技術は、タンパク質やペプチドと、それをコードする DNA や RNA を物理的に結びつけ、選別したタンパク質に対応する遺伝配列を特定する手法です。代表例として、2018 年にノーベル化学賞を受賞したファージディスプレイ法があります。
注3)
磁気マイクロビーズは、内部に磁性体を含む微小な粒子で、外部磁場をかけることで溶液中から迅速かつ選択的に分離・回収できる粒子です。表面に抗体や核酸などを結合させることで、特定分子の捕捉や精製、濃縮に利用されます。遠心分離を必要とせず操作が簡便なため、分子生物学や診断分野で広く用いられています。
注4)
FACS(蛍光活性化細胞選別)は、蛍光で標識した細胞や微粒子を 1 つずつレーザーで読み取り、蛍光強度に応じて高速に分類・回収する技術です。特定の蛍光シグナルを持つ粒子だけを選び出せるため、研究や医療分野での精密な解析や分取に広く利用されています。
注5)
PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)は、加熱・冷却の温度サイクルと酵素反応を組み合わせて、特定の DNA 配列を指数関数的に増幅する技術です。目的の配列を短時間で大量に複製でき、微量の DNA からでも効率よく増幅できる点が特徴です。増幅した DNA は配列決定や各種解析、特定配列の検出などに広く利用されています。
Journal
PNAS Nexus
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Not applicable
Article Title
Peptide ligase–mediated display: A cell-free platform for tunable selection of affinity peptides
Article Publication Date
13-Feb-2026
COI Statement
S.U. and T.I. have filed patent applications related to this work.