News Release

片頭痛の前兆に関与する遺伝子をマウスで発見 

片頭痛の病態解明や新たな治療薬の開発に前進

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

GLT-1 KO mouse showed increased susceptibility to the cortical spreading depression (CSD)

image: Representative raw traces of the direct current potential changes during CSD in control and GLT-1 KO. view more 

Credit: Department of Molecular Neuroscience,TMDU

 東京医科歯科大学難治疾患研究所分子神経科学分野の相澤秀紀前准教授(現広島大学大学院医系科学研究科教授)と田中光一教授の研究グループは、グルタミン酸輸送体GLT−1遺伝子が片頭痛の前兆における感受性に関与することを動物実験で明らかにしました。この研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラムならびに文部科学省科学研究費補助金の支援のもとで行われたもので、その研究成果は、国際科学誌GLIA(グリア)に2020年6月25日午後2時(東部夏時間)にオンライン版で発表されます。

【研究の背景】  頭痛は、成人の約半数が抱えるありふれた病気であるにも関わらず、日常生活へ支障を来します。その中でも片頭痛は激しい痛みを伴い、50歳未満の損失生存年数(障害を有することによって失われた年数)が最も多い疾患で、大きな社会的損失を生み出しています。従って、片頭痛の治療・予防法開発は社会的に喫緊の課題です。片頭痛の3分の1の患者さんでは、その痛みに先立って視野の一部が欠けたり、歪んだりする前兆現象を示します。片頭痛の前兆では、大脳皮質が拡延性抑制※4と呼ばれる病的興奮状態に陥ると言われており、そのメカニズムの解明は片頭痛の病態解明や治療法開発に欠かすことができません。しかし、拡延性抑制のメカニズムは不明な点が多く残されています。

【研究成果の概要】  研究グループは、神経細胞の興奮性を制御するグルタミン酸代謝に注目して研究を進めました。グルタミン酸は、アミノ酸の一種で細胞外では興奮性の神経伝達物質として働きます。細胞外グルタミン酸濃度は主にグルタミン酸輸送体とよばれる遺伝子により制御されているため、研究グループは「グルタミン酸輸送体が片頭痛の前兆の感受性を決定する」という仮説を立てました(図1)。脳のグルタミン酸輸送体はGLT-1, GLAST, EAAC1の三種類があるため、それぞれの遺伝子を欠損したマウスを作成し、脳の興奮性を調べました。片頭痛の前兆では、大脳皮質に拡延性抑制と呼ばれる病的興奮状態が引き起こされます。そこで、それぞれの遺伝子欠損マウスにおける拡延性抑制を調べたところ、GLT-1欠損マウスのみでその頻度が上昇していました(図2)。GLT-1遺伝子は、主にグリア細胞※5の一種アストロサイトが産生しています(図3)。また、GLT-1欠損マウスでは、細胞外グルタミン酸が蓄積しやすくなっていることも明らかになりました(図4)。これらの結果は、グリア細胞の失調に伴うグルタミン酸体代謝異常が片頭痛前兆の感受性を決定することを示しています。

【研究成果の意義】  現在、片頭痛の治療に使われている薬剤は多彩で、血管作動薬や抗てんかん薬、抗うつ薬など様々です。これらのことは、片頭痛がいくつかの亜型に分けられ、それぞれに対応した治療法の開発が必要であることを示唆しています。本研究は、片頭痛の前兆(拡延性抑制)への感受性に関与する遺伝子としてGLT-1を新たに見出し、GLT-1遺伝子およびその主な産生細胞であるグリア細胞が前兆を伴う片頭痛の新しい治療標的として有効であることを示しています。また、拡延性抑制は片頭痛のみならず、脳虚血、脳外傷、てんかんなどの神経疾患の病態進展に関与することが知られています。今後、GLT-1遺伝子の働きを増強する薬剤をスクリーニングすることで、片頭痛を含むこれら神経疾患の治療・予防戦略へ向けた研究が加速されると期待されます。

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【用語解説】

※1 片頭痛の前兆:片頭痛の約3分の1にみられる神経症状で、特に視野の一部がギザギザにみえたり、見えにくくなる一時的な視覚異常が多くみられる。

※2 グルタミン酸輸送体:神経細胞やグリア細胞に発現する蛋白質であり、細胞外のグルタミン酸を細胞内へ取り込むことで、細胞外グルタミン酸濃度を定常状態に保つ。その遺伝子の変異は、うつ病やてんかんへの関与が報告されている。

※3 グルタミン酸: アミノ酸の一種で、約70%の神経細胞が興奮性神経伝達物質として使っている。細胞外へ放出されたグルタミン酸はグルタミン酸受容体へ作用し、周囲の神経細胞を興奮させる。グルタミン酸は神経伝達物質として必要であるが、生理的な範囲を超えて増加すると神経毒として作用する。

※4 拡延性抑制:神経細胞やグリア細胞の一過性興奮とそれに続く活動抑制を伴う一連の現象である。脳の一部から波紋の様に周辺へと広がる。拡延性抑制は、多くの神経疾患(片頭痛の前兆、脳虚血、脳外傷、てんかんなど)に伴い発生し、疾患の病態進展に関与することが報告されている。しかし、その発生機序は不明な点が多い。

※5 グリア細胞:脳を構成する細胞の中で神経細胞とは別種の細胞であり、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアの3種類に分類される。その一種のアストロサイトは神経細胞の活動や栄養を補助する一方で、興奮性物質であるカリウムやグルタミン酸の代謝を介して神経細胞の活動を制御する。


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