News Release

非平衡熱力学を駆使した流動界面の効果的な制御法を発見

エントロピー生成速度最大原理による非平衡熱力学への挑戦

Peer-Reviewed Publication

Tokyo University of Agriculture and Technology

image: Figure: (a) ~ (c) Change in the pattern of the flow interface when the non-equilibrium degree ε is changed at t = 600 s. (a) circular pattern (ε = 0.20)(b) fingering pattern (ε = 0.61) (c) droplet pattern (ε = 0.97) (d) Calculated entropy production curves during the formation of the circular (C), finger (F, black solid curve), and droplet (D, red solid curve) patterns. The associated velocities are shown as dashed lines. The two intersections among the three entropy production curves appear at ε_F=0.217 and ε_D=0.685. view more 

Credit: Credit: Yuichiro Nagatsu/TUAT, Takahiko Ban/ Osaka University

国立大学法人東京農工大学大学院工学府応用化学専攻 2020年度博士課程修了の鈴木龍汰さん、同大学工学部化学システム工学科2019年度卒業の小林駿太朗さん、同大学院工学研究院応用化学部門(生物システム応用科学府生物機能システム科学専攻)の長津雄一郎准教授、国立大学法人大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻化学工学領域の伴貴彦講師からなる共同研究チームは、化学種濃度を平衡状態の濃度との差で規格化した非平衡度により液液相分離を伴う流動界面を効果的にコントロールできることを初めて発見しました。これは界面の流体力学を熱力学的に制御できることを表しています。また、流動界面が大きく変形する遷移点を「エントロピー生成速度最大原理(*1)」を用いて予測することも成功しました。

本成果により、液液相分離を伴う界面流動には非平衡度が決定的に役割を果たすことが示され、このことは液液相分離を伴う界面流動の効果的な制御に重要な指針を与えるものです。また本成果は、これまでにその実証が限られていたエントロピー生成速度最大原理が成立する新たな事例を供するもので、このことにより、今後、エントロピー生成速度最大原理の実証研究の更なる加速が期待されます。

本研究成果は、American Chemical Societyが発行するThe Journal of Physical Chemistry B(電子版2021年6月29日付)に掲載されました。
掲載場所:https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acs.jpcb.1c01335
論文名:Tunable Hydrodynamic Interfacial Instability by Controlling a Thermodynamic Parameter of Liquid–Liquid Phase Separation
著者: Ryuta X. Suzuki, Shuntaro Kobayashi, Yuichiro Nagatsu, and Takahiko Ban


現状
流体の界面の流動は、工業分野、環境中、生体内など至る所に見られる現象です。近年、界面で化学反応、相変化、相分離などの物理化学的効果を伴う場合の流体界面の流動にも注目が集まっています。そのような場合、流体力学的な因子に加え、物理化学的な因子が加わるため、それらの現象の自由度は増しますが、同時にその制御・予測は、物理化学的な因子が加わらない場合より困難になると言われています。そのため、物理化学的効果を伴う場合の流動界面の適切な制御手法の確立および適切な予測法の確立が望まれています。本研究グループは、世界に先駆け、部分混和系(*2)の液液相分離を伴う界面の流体力学の実験研究を成功させ、流動界面がトポロジカル(*3)に変化する新しい現象がわかっていました(2020年9月28日本学プレスリリース「二液体が一部だけ混ざり合う性質による流動界面のトポロジカル変化を発見~粘度差に由来する界面流動の通説を覆す~」)。この変形が生じる濃度領域が、スピノーダル分解型相分離(*4)が生じる濃度領域であることが前出の論文で分かっていました。しかし、流動界面がどのようなパラメータにより効率的に制御可能かはよく分かっていませんでした。さらにその予測手法に関する研究はほとんど行われていませんでした。

平衡系では、熱力学第二法則(*5)で知られている「エントロピー増大の法則」が成立しますが、非平衡状態では、エントロピーが生成する速度が最小であるという理論と最大であるという理論の一見相反する理論が提唱されてきました。エントロピー生成速度最小原理は、ノーベル化学賞を受賞したイリヤ・プリゴジンが提唱した非常に有名な理論ですが、これは、ある非可逆過程で発生する“熱力学流れ”を一定にし、もう一つ別の非可逆過程で発生する“熱力学流れ”を0にした特殊な状態で成り立つ理論です。一方、二つ以上の非可逆過程が干渉する複合系の場合、エントロピー生成速度が最大になるという理論をハンス・ツィーグラーが提唱しました。しかしながら、このエントロピー生成速度最大の原理は、結晶成長のパターン形成や熱対流不安定性による対流パターン形成のごく限られた複合過程でのみ実証されており、他の複合過程での検証が望まれていました。

研究成果
本研究チームは、ポリエチレングリコール(PEG)、硫酸ナトリウム、水からなる水性二相系(*6)を用いることにより、常温常圧で、塩(硫酸ナトリウム)濃度を変化させることにより、高粘度液体、低粘度液体の粘度をほとんど変えずに系の混和性を完全混和、非混和、および部分混和に変化させることにすでに成功していました(2020年2月6日本学プレスリリース「流体力学の常識を覆す!地層中での流体置換を制御する相分離現象を発見~石油回収プロセスやCO₂圧入プロセスの高効率化に貢献~」)。この溶液系を用いて、二枚の平行平板間の隙間であるヘレ・ショウセルを用いた流体置換実験を行いました。本研究ではこの塩濃度を平衡状態の塩濃度との差で規格化し、非平衡度を表す部分混和性の程度を示すパラメータεを導入しました。ここで、ε = 0の条件が平衡条件で二流体が非混和の場合で、εが大きくなるに従い、部分混和の度合い(相分離の影響)が大きくなり、ε = 1が本実験で設定できるεの最大値です。ある同一の流体力学的条件で、このパラメータを増加し、二流体間の混和性を上げると、界面における物質移動と粘性によるエネルギーの散逸という二つの非可逆過程の干渉の程度が変化し、流動界面が安定界面から指状界面へ、さらに自己駆動する液滴形状へと質的に変形していくことを明らかにしました(図)。

また、流動界面の“熱力学流れ”を成長速度から計算すると、エントロピー生成速度を求めることができます(図)。すると、界面形状の異なる三つの状態で、エントロピー生成速度が異なる三つの曲線で表すことができるため、本実験対象である非平衡系における界面形状が、平衡系の三態状態(固体、液体、気体)のように熱力学的に規定することに成功し、それぞれの状態に遷移する濃度を理論的に予測することに成功しました。すなわち、この現象が、エントロピー生成速度最大原理で説明できることを発見しました。

研究体制
実験流体力学を得意とする東京農工大学・長津雄一郎准教授、長津研究室所属の鈴木龍汰さん、小林駿太朗さん、非平衡熱力学を専門とする大阪大学大学院基礎工学研究科・伴貴彦講師の領域横断的な共同研究が、この液液相分離を伴う流動界面の効果的な制御法を発見およびエントロピー生成速度最大原理の実験的な証明を可能としました。本研究は科学研究費(19J12553)の援助を受けて行われたものです。

今後の展開
本研究により、相分離系に特有のパラメータである、化学種濃度を平衡状態の濃度との差で規格化した非平衡度を表すパラメータによる相分離を伴う界面の流動制御の有用性が示されました。今後は、他の相分離する流体系での実験的検討および数値シミュレーションによる検討を行い、この有用性の実証を目指します。また本研究は、二つの非可逆過程の複合する系(本現象は、物質移動と粘性散逸が干渉する複合系)では、エントロピー生成速度最大原理を用いることで、その現象の遷移点を予測することができることが示され、このことは今後の複合領域の研究に大きなインパクトを残しました。今後は、このエントロピー生成速度最大原理の他の複合系への適用を目指します。
 
語句解説
※1 エントロピー生成速度最大原理:エントロピーは状態の変換を補償する物理的な量で、系の非可逆性の度合いを表す。外界とエネルギーや物質をやり取りする開放系では、エントロピー生成の速度が最大となるように、状態が変化する。エントロピー生成は、“熱力学力”(推進力)と“熱力学流れ”(物質、熱、流体、電気などの流れ)の積で表され、状態が変化する際には必ず他の非可逆過程と干渉して、“流れ”が増大することによってエントロピー生成が増加する。
※2 流体の混和性:二流体が相互に全く(ほとんど)溶解しない場合、すなわち溶解度ゼロの場合を非混和と呼ぶ。例えば、水と油は非混和といえる。一方、二流体が相互に溶解する場合、すなわち溶解度無限大の場合を完全混和と呼ぶ。例えば、水と水あめは完全混和である。これらに対し、二流体が有限の溶解度をもつ場合を部分混和と呼ぶ。例えば、常圧・25℃でアセトンとヘキサデカンを等体積混合すると、体積割合でアセトン32%とヘキサデカン68%の混合溶液とアセトン73%とヘキサデカン27%の混合溶液の二相に相分離する。この場合、アセトンとヘキサデカンは有限の溶解度をもち、二流体は部分混和である。
※3 トポロジカル変化: トポロジーとはしばしば位相幾何学と訳される。何らかの形を伸ばしたり曲げたりする連続変形ではトポロジカル性質は変化しないと考える。当該研究では、部分混和性により、流動界面が千切れる現象をトポロジカル変化と呼んでいる。
※4 スピノーダル分解型相分離:混合物の熱力学的不安定性により自発的な相分離のことをいう。スピノーダル分解型相分離を生じる濃度条件は、二成分系では自由エネルギーの濃度の2階微分が負となる条件である。
※5 熱力学第二法則:孤立系において非可逆変化が生じた場合、その系のエントロピーは増大する。平衡状態では、系のエントロピーが最大の状態に到達するが、第二法則は、どれだけ早く系がその状態に到達するか、どれくらいの量のエントロピーが生成するかについては何も述べていない。
※6 水性二相系:複数種類のポリマーや塩を高濃度で含む水溶液が自発的に二相に分離する系のことをいう。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門
(生物システム応用科学府生物機能システム科学専攻)
准教授 長津 雄一郎
E-mail:nagatsu(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

大阪大学大学院基礎工学研究科
物質創成専攻 化学工学領域
講師 伴 貴彦
E-mail:ban(ここに@を入れてください)cheng.es.osaka-u.ac.jp


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