News Release

骨の新たな酸素応答機構の発見

~定量情報を活かした生命現象の新知見~

Peer-Reviewed Publication

Doshisha University

図1 骨の新たな酸素応答機構

image: 破骨細胞は生体骨組織内で約2~5%の酸素濃度条件下に存在している。この濃度範囲での低酸素は破骨細胞形成を阻害し、骨量を増加させる。この低酸素の感知には、メチルDNAの参加反応を担う酵素Tetが重要な役割を担う。 view more 

Credit: Image courtesy: Keizo Nishikawa from Doshisha University

研究の背景: 骨吸収活性を介して骨の恒常性維持を担う破骨細胞には、酸素を利用する仕組みが備わっています。しかし、破骨細胞が存在する骨の内部は極度の低酸素に維持されていると従来から考えられています。果たして、破骨細胞にとって酸素は必要な分子なのでしょうか。酸素は生命にとって必要不可欠な気体分子で、生体内にあるすべての細胞は絶え間ない酸素供給のもとで正常な活動を営むことができます。この酸素供給が破綻した場合には、細胞は特別な分子機構を動かして、酸素欠乏(低酸素)に対して抗おうとします。これは低酸素応答と呼ばれ、従来から精力的に研究が進められており、一昨年のノーベル生理学・医学賞の受賞対象であることも相まって、一見、低酸素応答機構がよく理解できてきたような錯覚に陥りがちです。しかしながら,「生体内の細胞がどのくらいの酸素濃度にさらされているか」の実に基本的な情報すらわかっていません。このため、生体内の正常な細胞が果たしてどのくらいの酸素濃度下で維持され機能しており,その適正な量の酸素が得られない場合には細胞にどのような変化を生じるかは未だ曖昧な現状にあると言えます。

 

本研究の成果: 同志社大学大学院生命医科学研究科 西川恵三教授、大阪大学大学院生命機能研究科 石井優教授、京都大学大学院工学研究科 森泰生教授らの研究グループは、酸素を見る化学プローブと骨組織をライブイメージングする2光子励起顕微鏡法を活用することで、生きたままのマウスの骨の内部に存在する破骨細胞がさらされている酸素濃度を計測することに成功しました。その結果、生体内の破骨細胞は17.4mmHg(2.3%)〜36.4mmHg(4.8%)の酸素濃度で維持されていることを見出しました。これは、骨組織内の酸素濃度の情報を1細胞レベルで取得することに成功した世界初の研究成果になります。この生理的な範囲内で酸素濃度が低下した場合において破骨細胞形成や骨組織が受ける影響を検討したところ、低酸素環境下では破骨細胞の形成が阻害され、骨量が増加することが分かりました。これにより、酸素は破骨細胞形成にとって必要な分子であることが明らかとなりました。次に、破骨細胞形成において酸素が必要とされる分子メカニズムを解析したところ、低酸素時に誘導されてくるHIFがかかわる制御システムは重要ではなく、代わりにメチル化DNAの酸化反応が関与することが分かりました。最後に、メチル化DNAの酸化反応を担う酵素Tetを欠損したマウスを解析したところ、破骨細胞がほとんど形成されず、骨量が顕著に増加することが分かりました。これにより、破骨細胞がDNAの脱メチル化機構を介して酸素を感知することで、骨が酸素に対して応答する新たな機構が明らかとなりました。

 

社会的意義と今後の展望: 昨年末、探査機はやぶさ2が小惑星リュウグウからのサンプルリターンに成功を収めた偉業はまだ記憶に新しく、これはまさしく非常に精度の高い定量情報を活かした研究による功績が大きいと考えられます。このように、従来から物理学や化学においては、量の情報を用いて自然現象を数理的に理解する定量的アプローチが広く用いられています。これに対して、生命科学においては、生体内にある物質の量の情報を取得・利用して生命を理解する研究は未だ進展に乏しい状況にあります。本研究成果である、生体組織深部にある生体分子の濃度を正確に計測し、この量の情報にもとづいて生体の仕組みを理解する新たな取り組みは、生命科学初めての定量研究に位置づけられ、将来的にこの取り組みが生体の恒常性の乱れや疾患発症を予測する新たな医療技術に役立てられることが期待されます。

 

本研究は、文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(B)、新学術領域(酸素生物学)、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)により実施しました。この研究成果は、日本時間 2021年10月18日19時(月曜日)(中央ヨーロッパ時間 2021年10月18日12時)に欧州科学誌『EMBO Reports』にオンライン掲載されました。

 

1 2光子励起顕微鏡: 2光子励起顕微鏡を用いた観察では、組織の深部まで励起光を到達させるために、近赤外光(波長が780~1000 nm)が用いられる。2光子励起が焦点面でのみほぼ起こるために、観察対象となる臓器・組織への光毒性がきわめて小さく、生きたままの臓器・組織の内部の細胞の形状や状態を非常にクリアに観察するのに有用とされている。

2 破骨細胞: 骨は、形成と吸収によって、常に新陳代謝を繰り返す組織である。破骨細胞は骨吸収を担う細胞であり、骨芽細胞は骨吸収された部分に新しい骨を形成する。

3 HIF(低酸素誘導因子: Hypoxia-inducible factor): HIFは、2019年のノーベル生理学・医学賞の受賞者であるGregg L. Semenza博士によって発見された転写因子である。酸素が豊富に存在する条件下では、HIFは、酸素を消費して水酸化修飾を行うプロリン水酸化酵素の働きによって速やかに分解されるが、酸素が欠乏した条件下では水酸化反応が阻害されることで、HIFタンパク質が細胞内に蓄積する。蓄積したHIFタンパク質は様々な遺伝子の発現を誘導することで、細胞が低酸素に対して適応することが可能になる。

注4 Tet(Ten-eleven translocation): Tetは、ゲノム配列上のシトシンのメチル化修飾を除去するDNA脱メチル化酵素である。哺乳類には3つのメンバー(Tet1、Tet2、Tet3)があり、いずれもシトシンがメチル化修飾された5-メチルシトシンを酸化することで5-ヒドロキシメチルシトシンへ変換し、さらに酸化反応を進めることで5-ホルミルシトシン、続いて5-カルボキシルシトシンへ変換する。その後、塩基除去修復によってシトシンに置き換わることで、DNA脱メチル化が行われる。


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