News Release

妊婦の遺伝的高血圧リスクは胎盤への影響を介して児の出生体重を低下させる

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

image: The collective activity of massive genes, known as polygenic activity, is involved in the development of hypertension. Some genes are expressed in the kidneys and adrenal glands to regulate blood pressure, but most are related to the development and function of the vascular system. The expression and function of these genes vary from person to person because of differences in the nucleotide sequence (single nucleotide polymorphisms (SNPs) marked with asterisks) that may be associated with disease. The sum of these differences is assessed by the polygenic risk score (PRS). This represents an individual's genetic risk of developing hypertension over their lifetime. Although maternal hypertension PRS is inversely corelated with offspring birth weight, the actual blood pressure of pregnant women had no such relationship with birth weight. Hypertension develops at an older age in women. This study revealed that it is not blood pressure, but the placenta, a vascular organ, that mediates the relationship between maternal hypertension PRS and birth weight. A higher maternal genetic risk of hypertension results in reduced growth of the placenta, which in turn hinders fetal growth. view more 

Credit: Department of Molecular Epidemiology, TMDU

 東京医科歯科大学難治疾患研究所分子疫学分野の佐藤憲子准教授は、本学大学院医歯学総合研究科生殖機能協関学分野の宮坂尚幸教授らとの共同研究プロジェクトである出生前コホート研究BC-GENIST※1データ等を解析し、妊婦の高血圧生涯リスクが遺伝的に高い場合、血管臓器である胎盤の発育低下を通じて、児の出生体重を低下させることをつきとめました。この研究は文部科学省科学研究費補助金の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌BMC Medicineに、2021年11月4日にオンライン版で発表されました。


【研究の背景】
 多くの疫学研究によって、低出生体重児や胎児発育不全児は将来高血圧、心血管疾患、2型糖尿病などを発症しやすいことが示されていますが、そのメカニズムは明らかではありません。これまで、低出生体重児の高血圧発症について、対立する2つの説―「母体栄養不足や胎盤機能低下による子宮内環境悪化が原因」とする説と「子宮内環境とは無関係に、低い出生体重と高血圧に共通する遺伝要因が原因」とする説―の間で長年議論が闘われてきました。近年、この議論の決着をつけるため、子宮内環境を母の遺伝型で代理させて、遺伝型と児の結果(出生体重あるいは生活習慣病発症)との関係から因果関係を推論するメンデルランダム化※2法を用いた検証が行われました。それらの研究は、欧州系集団を対象として、母体の収縮期血圧(SBP)上昇のポリジェニックスコア※3と児の出生体重との間に負の関連があることから、母の血圧上昇が児の出生体重を低下させると推論しました。ここで、メンデルランダム化法では、曝露と結果の関係が線形関係にあることを前提としていますが、妊婦血圧と児の出生体重の間の負の相関を導いた遺伝的推論と、実際に観測から得られた妊婦血圧と児出生体重の間の正の相関結果との間には不一致がみられると報告されていました。またこのポリジェニックスコアは遺伝的な高血圧生涯リスクを意味しますが、妊婦血圧に対して小さくても遺伝的関連性があるとし、解析は有効なものと考えられていました。しかし、妊婦は若い女性であることを考えるとその当てはめは適切ではない可能性がありました。またこの一連の研究では、児の高血圧発症は、児が母から受け継いだ高血圧SNPが原因であり、子宮内環境によるものではないと結論されていました。

【研究成果の概要】
 研究グループは、東京医科歯科大学妊婦コホートデータから母の測定血圧と出生体重との関係は、逆U字型であることを示しました。
 次に出生前コホート研究プロジェクトで収集した母児DNA検体のSNPタイピング、インピュテーション※4を行い、バイオバンクジャパン※5のGWAS※6サマリ統計量を用いて、収縮期血圧(SBP)、拡張期血圧(DBP)などの血圧上昇リスクのポリジェニックスコア(遺伝リスクスコア)を算出しました。欧州系集団と日本人集団の間では、血圧上昇ポリジェニックスコアを構成するSNPの種類は異なりましたが、日本人出生前コホートにおいても母体の収縮期血圧(SBP)上昇のポリジェニックスコアは出生体重と負に関連しました。研究グループは、血圧に関連するSNPの多くが、血管新生、血管機能や血管系構築に関係していること、また遺伝的リスクを負っていても高血圧を発症するのは通常高齢になってからであることに着目し、妊婦の場合、血圧を上昇させるSNPは、血管臓器である胎盤に強く影響を与えるであろうと考えました。その予想の通り、母血圧上昇ポリジェニックスコアは、胎盤重量と強く負に相関し、また胎盤重量と出生体重は強く正に相関しました。一方、母血圧上昇ポリジェニックスコアは、妊婦の実際の血圧とは関連しませんでした。すなわち母血圧上昇ポリジェニックスコアの児出生体重低下効果は、母体高血圧ではなく、胎盤発育低下を媒介として、引き起こされることを明らかにしました。さらに媒介分析法(Causal mediation analysis)を用いて、母SBP上昇ポリジェニックスコアの児出生体重低下効果のうち胎盤重量が媒介した効果の割合を解析した結果、その値は86%でした。

 近年のGWASの結果、血圧に関連するSNPは、腎臓、副腎等で血圧を調節する遺伝子のバリアントだけでなく、血管構築、血管機能、血管新生、リモデリングの制御に関係するSNPが多数あることが報告されています。血圧関連SNPのうち、血管に関係するSNPの高血圧リスクが血管組織である胎盤を介した出生体重低下に関連していることを示すため、日本人GWASで同定された多数の血圧関連SNPについて、複数のバイオデータベースを参照し、血管組織における遺伝子発現、クロマチン状態とSNP(連鎖不平衡にあるSNPを含む)との関係性に基づき「血管系に関連する」「血管系にはほとんど関連しない」「不明」の3つに分類し、「血管系に関連する」血圧SNPから構成される遺伝リスクスコアを算出しました。その結果、「血管系に関連する」遺伝的リスクスコアは強い出生体重低下効果を示し、またその効果の約96%以上は胎盤重量による媒介効果であることがわかりました。
 次にアレルの伝達様式について解析しました。母と児は、半分遺伝的情報を共有しています。ハプロタイプ※7構造とアレル※8の伝達様式を分析し、母由来で児に伝達継承されたアレル、母由来で児に伝達継承されなかったアレル、父由来で児に伝達継承されたアレルに分けて遺伝的リスクスコアを算出しました。胎盤成長阻害、出生体重低下との関連は母由来のアレルのみに認められたことから、遺伝的高血圧リスクによる児出生体重低下は、児の遺伝型そのものが原因なのではなく、母の遺伝型によるものであることを確認しました。
 また、出生体重の低下は、妊娠中の胎児の成長速度の低下によって引き起こされる可能性があります。研究グループは、超音波測定検査に基づく推定胎児体重の時系列データを平滑化し、それを微分して週ごとの胎児成長速度を算出しました。母の遺伝的高血圧リスクと成長速度との負の相関は、妊娠後期終盤に近づくにつれ、徐々に明らかになりました。妊娠期間中、胎盤の成長が胎児の成長に先行することを考えると、母の遺伝的高血圧リスクはまず胎盤の成長に影響を及ぼし、その後胎児の成長に影響を及ぼすというモデルと整合性のある結果が得られました。

【研究成果の意義】
 本研究は、妊婦の遺伝的な高血圧生涯リスクは、母体高血圧ではなく、胎盤発育低下を通して、児の出生体重低下を導くことを明らかにした初めての研究です。これまでのメンデルランダム化法を用いた研究は、血圧SNPは母体の測定血圧と関連するという前提条件が満たされていると仮定し、母の血圧上昇が児の出生体重の低下を招くモデルを採用していました。これに対して、本研究グループは、血圧SNPの多くが血管系の機能、構築に関係していることに着目し、妊婦の血圧SNPは胎盤発育と強く関連していること、及び、胎盤発育への影響を介して妊婦の遺伝的高血圧リスクが児の出生体重に影響していることを実証しました。
 これまでのメンデルランダム化法を用いた研究は、血圧、BMI、2型糖尿病に関連する母親の遺伝的リスクスコアや出生体重に関連する遺伝的リスクスコアを子宮内環境の代理として解析に用い、その結論として、子宮内環境は児の心血管疾患発症の主要な決定要因ではないと報告してきました。しかし、そこでは、今回明らかとなった母の高血圧遺伝的リスクと胎盤形質との関連が見過ごされていました。胎盤は子宮内環境を形成する器官そのものです。今後、大規模な胎盤重量GWASをもとに胎盤重量低下の遺伝的リスクスコアを設計するなど、子宮内環境の代用としてより適した遺伝的リスクスコアを設計して、子宮内環境の胎児成長及び児の健康への影響をさらに検討する必要があります。
 また、これまで多くの胎児発育不全が胎盤の機能障害と関係していると推測されており、さらにその8割近くが32週以降の遅発性の発症です。現在、胎児発育不全を事前に予測することは困難です。しかし、母の遺伝的高血圧リスクは、妊娠後期の胎児発育速度低下に関連していました。従って、血管と関連する母の高血圧ポリジェニックスコアが胎児発育不全の予測やスクリーニング開発に役立つことが期待されます。さらに遺伝子機能解析を進めていくことにより、胎盤機能不全、胎児発育不全の病態の理解、治療薬の発見に貢献できると考えられます。

【用語解説】
※1BC-GENIST (Birth cohort-Gene and ENvironmental Interaction Study of TMDU): 東京医科歯科大学出生前コホート研究プロジェクトのことで、難治疾患研究所分子疫学分野と大学院医歯学総合研究科生殖機能協関学分野が中心となり、国立健康栄養研究所・栄養疫学食育研究部(瀧本秀美部長)グループ及び本学大学院保健衛生学研究科・小児・家族発達看護学(岡光基子准教授)グループと共に推進している。
※2メンデルランダム化:曝露(リスク要因)と結果(疾患発症)の間に因果関係があるかどうかを調べる際、遺伝型を曝露の代理に用いる方法。代理にできる条件は、①遺伝型が曝露に関連すること、②遺伝型が曝露のみを通じて疾患と関連すること、③遺伝型は曝露と結果の関係に交絡する因子から独立している。遺伝型は疾患発症の結果となる(逆因果関係になる)ことはない。
※3ポリジェニックスコア(Polygenic score, PGS):GWASにより血圧など身体測定値や疾患などの多因子形質と関連することが示された多数のSNPの重み付きの和で、個人ごとに算出するスコア。血圧上昇ポリジェニックスコアは、個人の遺伝的な高血圧生涯リスクを評価する。
※4インピュテーション:DNAマイクロアレイでSNPをタイピングした後に、測定された遺伝型情報を用いて未測定の遺伝型をコンピュータで推定し補完する遺伝統計学的手法。
※5バイオバンクジャパン:2003年に東京大学医科学研究所内に設立された、47疾患以上20万人以上の日本人症例を収集したバイオバンク。
※6GWAS (Genome-Wide Association Study, ゲノムワイド関連解析研究)
疾患形質や身体測定値などの量的形質に影響するSNPを全ゲノムレベルで網羅的に探索する手法。統計学的関連の有意性や効果量といった統計量が得られる。
※7ハプロタイプ:それぞれの親由来の染色体における遺伝的構成。
※8アレル:同一遺伝子座に属し、互いに区別される遺伝子バリアント。
 


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