image: Transformation of a salt of calcium ions and phosphate esters into hydroxyapatite mediated by alkaline phosphatase (ALP) view more
Credit: Department of Inorganic Biomaterials, TMDU
東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 無機生体材料学分野の横井太史准教授は、名古屋大学 大学院工学研究科の大槻主税教授のグループとの共同研究で、リン酸エステルのカルシウム塩が生体内に存在するリン酸エステル加水分解酵素に応答して分解・吸収される生体応答性材料であり、リン酸エステルのアルキル基の適切な選択によってその分解・吸収速度を精密に制御した新規骨修復材料になり得ることを見出しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金ならびに国際・産学連携インヴァースイノベーション材料創出プロジェクトの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Science and Technology of Advanced Materialsに、2022年5月17日にオンライン版で発表(オープンアクセス)されました。
【研究の背景】
医療技術の進歩と生活環境の向上により「人生100年時代」を迎えようとしています。長い人生の生活の質(QOL)を高く保ちながら元気に生きるための医療材料開発は、国民全体の幸福に繋がることから強く求められています。高齢者が寝たきりになれば本人のQOLが低下するだけでなく、介護する家族にも大きな負担となります。寝たきりの原因の25%が骨折などの運動機能障害であることから、これの早期回復を支援する高機能な骨修復材料の開発は大変重要と言えます。
骨修復材料として3個のカテゴリーの材料があります。具体的には、骨と直接的には結合しない生体不活性セラミックス、骨と直接結合する生体活性セラミックス、そして骨欠損部において次第に分解・吸収される生体吸収性セラミックスです。現在は、生体活性セラミックスと生体吸収性セラミックスが骨修復材料として使用されています。
本研究グループでは、従来の枠に囚われない新しいカテゴリーの骨修復材料として、生体内での環境変化や酵素などの生体分子に応答して反応挙動を自発的に変化させる材料(生体応答性材料)を提唱し、その具体的な素材としてリン酸エステルとカルシウムの塩を用いて研究を続けています。そしてこれまでに、フェニルリン酸のカルシウム塩がリン酸エステルの加水分解酵素の一種であり体内にも存在するリン酸エステル加水分解酵素(アルカリフォスファターゼ、ALP)を添加した擬似体液(SBF)中において、ALP濃度依存的にアパタイトへの転化反応速度を速めることを見出しました(T. Yokoi et al., Materials Advances, 1, 3215-3220 (2020))。しかしながら、リン酸エステルのカルシウム塩の分子レベルでの設計によって転化反応速度を制御する指針は明らかにされていません。
【研究成果の概要】
上記の研究背景に基づいて、リン酸エステルのカルシウム塩の転化反応速度制御を目指して研究を行いました。具体的には、アルキル基のサイズが異なるリン酸エステルを用いました。その理由は、リン酸エステルのアルキル基が大きくなるほど同エステルのカルシウム塩が疎水的になって溶解度が低下するとともに、アルキル鎖が嵩高くなることによってALPによる加水分解速度が低下すると考えられたからです。つまり、これらの相乗効果によってリン酸エステルのアルキル基が大きくなるほど同カルシウム塩の転化反応速度は急速に低下すると予想しました。
そこで、実際にこれらのリン酸エステルとカルシウムの塩を湿式法にて合成し、まずは、これらの溶解度を調べました。その結果、溶解度はメチルリン酸カルシウム≈エチルリン酸カルシウム>ブチルリン酸カルシウム>ドデシルリン酸カルシウムの順番となり、予想通りの結果が得られました。
次に、これらの材料をヒトの血漿と同程度のALPを含有するSBFに浸漬して反応挙動を調べた代表的な結果を示します。メチルリン酸カルシウムとエチルリン酸カルシウムでは明確な結晶形態の変化が観察されました。これは、これらの材料がALPに応答して反応していることを意味しています。一方で、ブチルリン酸カルシウムでは形態変化がほぼ観察されませんでした。また、ドデシルリン酸カルシウムでは、繊維状の析出物が観察され、他の材料とは異なる反応挙動を示しました。また、結晶相の変化を調べた結果、メチルリン酸カルシウムとエチルリン酸カルシウムは7日間でアパタイトに変化したのに対して、ブチルリン酸カルシウムとドデシルリン酸カルシウムでは、ほとんど結晶相の変化は見られませんでした。代表的な結果として、メチルリン酸カルシウムからアパタイトへの結晶相の変化を示します。加えて、ALP添加SBF中のイオン濃度変化も、形態変化および結晶相の変化を支持する結果となり、これらの解析から、転化反応の律速段階は、リン酸エステルのアルキル基のサイズが大きくなるに従い、同カルシウム塩の溶解律速からリン酸エステルの加水分解律速に変化することが分かりました。
以上の実験結果から、転化反応速度の違いは各材料の溶解度に強く依存しており、リン酸エステルのカルシウム塩の溶解度が大きいほど転化反応速度が大きくなることを実証しました。つまり、望みの転化反応速度の生体応答性材料を得たければ、リン酸エステルのアルキル基の種類を適切に選択すればよい、という明快な材料設計指針を得ることができました。
実験結果に基づいたリン酸エステルのカルシウム塩の転化プロセスを模式的に図に示します。まず、同カルシウム塩が溶解し、リン酸エステルとカルシウムイオンになります。リン酸エステルがALPによって加水分解され、リン酸とアルコールが生成します。カルシウムイオンとここで生成したリン酸が反応してアパタイトが生成したと考えられます。
以上のように、本研究では、リン酸エステルのカルシウム塩がALPに反応する生体応答性材料の重要な候補素材であることを明らかにするとともに、それらの生体内における転化反応速度を制御する指針を得ることに成功しました。
【研究成果の意義】
本研究では第4の新しいカテゴリーの生体応答性材料として種々のアルキル鎖を有するリン酸エステルのカルシウム塩を用いてALP添加SBF中におけるこれらの転化反応挙動を調べました。その結果、リン酸エステルのアルキル基が大きくなるほど
1) 同カルシウム塩の溶解度が小さくなる
2) 転化反応速度、具体的にはアパタイトへの転化反応速度、が小さくなる
3) 転化反応の律速段階は、同カルシウム塩の溶解律速からリン酸エステルの加水分解律速に変化することが分かりました。
これらは体応答性材料の設計に不可欠な知見であり、今後、これらの知見を活用して設計された生体内での分解・吸収速度を精密かつ自在に制御した新規生体応答性骨修復材料の開発が期待されます。
【用語解説】
※1骨修復材料
骨の欠損部を補填し、その機能を修復する材料。骨修復材料として、歴史的には生体不活性セラミックス(例えば酸化アルミニウム)が使用されたこともあったが、現在は生体活性セラミックス(ヒドロキシアパタイトなど)や生体吸収性セラミックス(リン酸三カルシウム、リン酸八カルシウム、炭酸含有アパタイトなど)が広く使用されている。
※2生体応答性材料
生体内での環境変化や生体分子に応答して反応挙動が変化する材料。
※3リン酸エステル加水分解酵素
リン酸エステルをリン酸とアルコールに加水分解する酵素。本研究ではアルカリフォスファターゼ(ALP)と呼ばれる酵素を用いた。
※4擬似体液
さまざまな種類のものがあるが、本研究ではヒトの血漿とほぼ等しい無機イオン濃度を有する水溶液を用いた。
※5リン酸エステル
有機化合物の一種で、リン酸とアルコールが脱水縮合したエステル。
※6アパタイト
リン酸カルシウム化合物の一種で、骨や歯の無機主成分。
Journal
Science and Technology of Advanced Materials
Article Title
Transformation behaviour of salts composed of calcium ions and phosphate esters with different linear alkyl chain structures in a simulated body fluid modified with alkaline phosphatase