News Release

新型コロナ後遺症の原因とされる宿主内持続感染は起きるのか

全身性感染と不十分な免疫応答は持続感染のリスク要因に

Peer-Reviewed Publication

Toyohashi University of Technology (TUT)

感染後の宿主内ウイルス量 [V] の時間変化

image: 「平均的症状」は数理モデルを臨床データに適合して得られたベースラインモデルによる結果。「重症化」は加齢によるリスク因子を考慮した“弱められた”免疫応答に基づく結果。逆に「完治」は“強められた”免疫応答に基づく結果。「重症化」だけでなく「平均的症状」の場合でも、 [V] はゼロではなく有限の値へと向かい、ウイルスは宿主から完全には除去されない。一方、「完治」では宿主内ウイルスが事実上完全に除去される。 view more 

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<概要>

岡山大学異分野基礎科学研究所の墨智成准教授と豊橋技術科学大学IT活用教育センターの原田耕治准教授の研究チームは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の全身性感染を考慮した宿主内免疫応答の数理モデルを開発し、そのコンピュータシミュレーション実験により、新型コロナ後遺症(Long COVID)(注1)の原因の1つと考えられているウイルスの宿主内持続感染が起こることを示しました。そして、感染が全身性であることが宿主内持続感染を可能にする1つの要因であることを指摘しました。

 

<詳細>

新型コロナ感染症は、感染の波を繰り返す中で次々と新たな変異株を生み出し、今なお収束の目処が立っていません。それに伴い、新型コロナ後遺症に苦しむ患者は大変な数に上っており、大きな社会問題となっています。しかしながら、この後遺症のメカニズムはまだよく理解されておらず、いくつかの可能性が指摘されています。そしてその1つに、罹患後、ウイルスが長期にわたり体内に残り続ける「宿主内持続感染」があります。研究チームは、宿主内持続感染が実際起こるものなのか、起こるとしたらどのような要因で起こるのか明らかにしたいと考えました。

これらの疑問について検討するため、研究チームは、新型コロナウイルスの宿主内感染過程を非線形の連立常微分方程式として記述した数理モデルを開発し、新型コロナウイルス感染症患者の臨床データをもとにパラメータ調整をしたモデルを使い、コンピュータ上で擬似的にウイルス感染実験を行いました。その結果、平均程度のウイルス量が産生されるベースラインモデル(図1の平均的症状を参照)でも、ウイルスは体内から完全には除去されずに持続感染を引き起こす事を明らかにしました。この持続的感染が可能なのは、感染が全身性である新型コロナウイルスの場合、宿主細胞が常に一定量存在し、感染先が容易に見つかることに起因しています。数学的にはウイルス量がゼロとなる完治状態が不安定な平衡点であり、完治状態が実現されにくいことを意味しています。

次に研究チームは、年齢と相関する免疫の強弱が持続感染に与える影響について調べました。加齢による一般的なリスク因子として知られている (1) 抗原提示細胞による活性の低下、並びに (2) I 型インターフェロン自己抗体によるインターフェロンシグナル伝達の阻害は、体内のウイルス産生量を大幅に上昇させ、重症化に至ること示しました(図1の重症化を参照)。一方、抗原提示細胞による活性および/または形質細胞による抗体産生が十分に強い場合では、宿主内からウイルスを事実上完全に除去した完治に到達する事を示しました(図1の完治を参照)。このことから、免疫の強化は持続感染を回避する上で大変重要であると言えます。

一方、新型コロナウイルス感染者が重症化したかどうかにかかわらず、樹状細胞(注2)の数が発症から約7か月後においても、著しく減少したままであることが報告されていますが、その理由ははっきりしていませんでした。この樹状細胞の欠乏は、新型コロナウイルスに感染した小児でまれに起こる川崎病とよく似た多系統炎症性症候群においても報告されています。研究チームのコンピュータシミュレーション実験でも、感染から約7か月経過した時点での樹状細胞数については著しく減少したまま回復しておらず、長期臨床観測と同様の結果が得られました。そしてこの主な原因は、宿主内残留ウイルスの持続感染に起因することが明らかとなりました。

 

<今後の展望>

世界人口約80億人に対し、累計感染者数は5.4億人に達しており、新型コロナ後遺症の問題が益々重要な問題となってくると予想されます。そのため、宿主内持続感染の可能性を考慮した新型コロナ後遺症の有効な治療法を検討してゆくことが望まれます。今回の研究は、ワクチン未接種者が感染した場合の結果であり、ワクチン接種によって形成される免疫記憶が、宿主内持続感染および新型コロナ後遺症に与える影響についてはほとんど分かっていません。今後これらの問題に取り組む上で、臨床データに基づいた数理モデルを駆使した研究が果たしてゆくべき役割は極めて大きいと言えます。

 

<論文情報>

論文名:Immune response to SARS-CoV-2 in severe disease and long COVID-19

掲載誌:iScience

著者:Tomonari Sumi, Kouji Harada

DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2022.104723

URL:https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(22)00995-6

 

<外部資金情報>

本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(JP20K05431)の助成を受け実施しました。

 

<用語説明>

注1:新型コロナ後遺症 (Long COVID)

新型コロナウイルス感染症から回復した後にも、様々な症状(後遺症)が見られる場合があり、WHOでは「新型コロナに感染し、少なくとも2か月以上持続し、他の疾患による症状として説明がつかないもの」と定義している。COVID-19と診断後2か月あるいは退院後1か月経過時に72.5 %の患者が何らかの症状を訴え、診断あるいは退院後6か月以上では54 %がそれに相当すると報告されている。症状としては咳嗽、倦怠感、臭覚・味覚障害、ブレインフォグなどがあり、複数の症状を訴えるケースもある。

 

注2:樹状細胞

自然免疫細胞の1つで、異物を食作用により取り込んで消化し、その成分を細胞表面に提示して「抗原提示細胞」としてナイーブCD4+ T細胞に情報を伝える。樹状細胞のサブタイプ形質細胞様樹状細胞は大量のI型インターフェロンを分泌し、免疫応答を活性化する。


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