News Release

10万個の突然変異体ネットワークを追跡

Peer-Reviewed Publication

Okinawa Institute of Science and Technology (OIST) Graduate University

適応度地形 -古典型

image: 進化を山登りと捉え、この山の形状・起伏を表したのが「適応度地形」です。土地はあらゆる遺伝子配列(変異体)を表し、各地点の高度が、その変異体の適応度を表します。本画像は、古典的な適応度地形を簡略化したものです。通常、突然変異が起こると生物の適応度は失われ、山の峰から谷に落ちて生存も繁殖もしない可能性が高くなります。 view more 

Credit: OIST

  • 今日、私たちが世界中で目にする生物の多様性は、大部分が突然変異によってもたらされたもの。しかし、それが生物の適応度に及ぼす影響については、まだ十分に解明されていない。
  • OISTの研究グループは、これまで理論的にしか説明されていなかった突然変異と進化に関する概念を、初めて実験で示した。
  • この概念は「中立ネットワーク」と呼ばれ、集団の遺伝的多様性を高めるために不可欠であると考えられている。
  • 中立ネットワークとは、ある一連の塩基配列の全体を指し、それぞれの配列はその前の配列と1つの塩基のみが異なるが、前後の配列で適合度がほぼ同じものである。
  • 本研究成果によって、RNAがこれまでどのように進化し、現在も進化し続けているのかという疑問を解き明かすことにつながる可能性がある。

人間が他の生物と異なる根本的な理由は、DNA配列が異なるためです。DNAは、遺伝によって受け継がれた分子の集合で、あらゆる生物のあらゆる細胞に含まれています。DNA配列の違いは、主に無作為に起こる突然変異(簡単に言うと、DNAの複製ミス)が何百万年もかけて積み重なることで生じます。突然変異が起こると、ほとんどの場合は生物に悪影響を及ぼし、その生物は繁殖の機会を得る前に死んでしまいます。しかし、中には生物に好ましい影響や中立的な影響を与えるものもあり、そのような突然変異はその個体群の間で伝えられていきます。このようなDNA配列のミスにより、私たちが今日世界中で目にする生物の多様性が生まれてきたのです。しかし、このような突然変異がどのようにして生物の適応度を高めるのかについては、まだ多くのことが未解明のままです。

沖縄科学技術大学院大学(OIST)の核酸化学・工学ユニットを率いる横林洋平教授は、次のように述べています。「これまで理論的にしか説明されていなかった突然変異と進化に関する概念を、今回初めて実験で示すことができました。この概念は『中立ネットワーク』と呼ばれ、集団の多様化に不可欠なものであると考えられています。」

本研究成果は、科学誌Nature Communicationsに発表されました。

DNAの塩基対で構成される遺伝子には、タンパク質を作るために必要な命令が含まれており、これによって細胞が適切に管理・維持されています。その命令を実行するため、まずDNAがRNAに転写されます。つまり、RNAはDNAの写しのようなものといえます。

RNAとDNAには、4つの標準的な塩基対があります。RNAの塩基対は、「A」、「G」、「C」、「U」です。横林教授は、簡略化したRNA塩基配列を例として中立ネットワークの概念を説明します。

「例えば、RNA配列のAAAAAAAがAAAUAAAに変異し、さらにそれがGAAUAAAに変異したとします。最初の配列は2番目の変異体につながり、2番目の変異体は1か所のみが変異して3番目の変異体につながっています。これらの変異が同じ適応度を維持していれば、その生物は生き残る可能性があり、その変異は将来の世代に受け継がれる可能性があります。これによって全体の多様化が進みます。多様性は、種が環境の変化に適応するために不可欠なものです。」

中立ネットワークとは、このような一連の塩基配列の全体を指します(ただし、この例よりはるかに長い配列です)。それぞれの配列は、その前の配列と1つの塩基のみが異なりますが、前後の配列でほぼ同等の適応度が保たれています。科学者の間では、以前から中立ネットワークの存在が予想されていましたが、それを実験で証明することは非常に困難でした。もともと、すべてのRNA配列空間には大規模な中立ネットワークが存在する可能性があるとされていましたが、実際にはこの大規模な中立ネットワークの発見には至っていません。

今回、研究チームは「リガーゼ・リボザイム」という種類のRNAに注目しました。リガーゼ・リボザイムの存在はこれまでにも知られていたものの、中立ネットワークを構成することは知られていませんでした。このリボザイムは、2つのRNAをつなぎ合わせたり、結合させたりする機能をもっています。この役割は自己複製に不可欠であるため、生命の起源に大きく関係しています。研究チームは、リガーゼ・リボザイムのこの機能に注目し、研究対象に選びました。

リガーゼ・リボザイムには、全体で約80の塩基対があります。研究チームは、その中でもリボザイムの機能に重要な部分、つまり全体的な適応度を測るのに必要な35塩基対の部分に注目しました。

本研究では、進化的アルゴリズムとディープラーニングを用いて、コンピュータによるリガーゼ・リボザイムの配列設計を行いました。そのようにして多数の変異体を設計し、それぞれの適合度を実験で測定しました。最終的には12万以上の変異体を調べ、中立的な変異体の割合が、設計した全ての変異体の10%程度から90%近くになるまで増やすことに成功しました。

その中から、一つの変異体を同定して選び出しました。この変異体は、突然変異により元のリボザイムと16か所で異なっていました。研究チームは、元のリボザイムから16回の変異を経て新しい変異体に至るまでに取り得るすべての変異経路に存在する65,536種類の変異体について適応度を測定し、そのうちの60%が活性を持つことを確認しました。

次に、活性を持つ変異体のみが含まれる変異経路を調べたところ、10%の経路が終始活性を保つことが明らかになりました。

本研究論文の筆頭著者であり、博士課程学生のラチャパン・ロッラッタナダムロンさんは、次のように述べています。「これはかなり大きな値です。他の研究の実験では、2つの変異体の間でこれほど多くの経路を辿る可能性があることは明らかにされていません。」

研究グループは、今回の実験から中立ネットワークの存在を示す証拠が得られたことにより、理論研究で考えられていたほど広範ではないものの、RNA配列空間において中立ネットワークが形成される可能性があることが明らかになったと強調しました。このネットワークが形成されるためには、どのような性質が必要であるかを調べることも、今後興味深い研究テーマとなるかもしれません。

ロッラッタナダムロンさんは、次のようにつけ加えました。「この研究により、多くの仮説を実験で検証することができるようになります。私たちは、中立ネットワークの初の実験データセットを提供しました。これにより、RNAがこれまでどのように進化し、現在も進化し続けているのかという疑問を研究で解き明かすことができるようになるでしょう。」


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