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Credit: Department of Nephrology, TMDU
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 腎臓内科学分野の萬代新太郎 助教(東京医科歯科大学病院血液浄化療法部)、内田信一教授、小出高彰大学院生らの研究グループは、血液中を循環する細胞外小胞(small extracellular vesicles、sEV)を介した慢性腎臓病(chronic kidney disease、CKD)による血管石灰化の新たな分子病態を解明し、治療戦略を創出しました。この研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 ACT-X「生命と化学 (研究総括:袖岡幹子)」、文部科学省科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED)、公益財団法人中冨記念財団、東京医科歯科大学 学長裁量経費 若手研究者研究奨励賞、東京医科歯科大学 次世代研究者育成ユニット、日本透析医会、公益財団法人薬力学研究会、公益財団法人武田科学振興財団などの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は国際科学誌Circulation Researchに、2023年1月26日にオンライン版に掲載されました。
【研究の背景】
わたしたちの腎臓は、進化の過程で老廃物の排泄(血液のクレンジング)機能にとどまらず、電解質・ミネラルの調整、血圧の調整、赤血球を造る造血ホルモンの産生や、骨の強化など、生命と健康を維持するために様々な役割を担うことになりました。長寿社会となった現代、腎臓は老化、高血圧症・糖尿病を始めとした様々な原因でおとろえます。その結果、CKD※1は自覚症状を起こしづらく静かに発症、進行し、本邦の1,300万人以上(成人の約8人に1人、高齢者の約3人に1人)、世界では7億人以上が罹患する現状があります。
CKDは、透析を必要としない段階から全身の臓器に悪影響を及ぼすことが分かってきています。実際に私たちの研究グループはこれまで、CKDに潜在する複雑な病態と多併存症、診療成績を向上させる手段について研究してきました。このためCKDによる腎外臓器合併症(臓器連関)という現象を科学的に明らかにし、治療法を開発すべく研究を行ってきました。
心血管病(心筋梗塞、狭心症や脳梗塞など)も、代表的なCKDの遠隔臓器合併症です。心血管病の根幹を成すのが動脈硬化、中でも石灰化という現象です。私たちの体では生理的に、カルシウム、リンが中心となり骨や歯などの硬組織を形成する現象「石灰化」が起こっています。一方で、CKDや老化、高血圧症や糖尿病など様々な原因で、動脈壁や心臓の弁のような軟部組織に、異所性石灰化(非生理的、病的な石灰化現象)が起こってしまいます。しかしながら、この分子メカニズムは十分分かっていませんでした。世界的に研究開発が進められてきた降圧薬、抗凝固薬、脂質異常症治療薬や、CKDに伴う骨・ミネラル代謝異常(CKD-MBD)に対する治療薬(経口リン吸着薬やカルシウム受容体作動薬)、透析療法いずれによっても石灰化の治療効果は不十分であり、新たな切り口の病態理解と治療開発が待ち望まれていました。
【研究成果の概要】
研究グループはまず、CKDを発症する疾患モデルラットを樹立し、CKD由来の血清が大動脈血管平滑筋細胞A10細胞における骨形成遺伝子群の転写、石灰化(リン酸カルシウムの蓄積)の増加を引き起こすことを見つけました。ここで、血液中を高濃度で循環する、ウイルスほどの小型サイズのメッセージ物質EV※2に着目しました。血清をEV分画とEV除去血清に分けて石灰化アッセイ系を行ったところ、CKD由来のEV分画に血管石灰化を促進する物質が含まれていることが分かりました。
生体における循環EVの役割を明らかにするために、EVの生成阻害薬であるGW4869をCKD・血管石灰化モデルマウスに投与したところ、胸部大動脈の石灰化面積、骨形成遺伝子群の発現増加が顕著に抑制されました。これらのことから、CKD由来の循環EVが血管平滑筋細胞の形質転換、大動脈の石灰化を促進することが分かりました。このEVの悪玉化を引き起こす原因としてマイクロRNA※3に着目しました。
CKDモデルラットの循環EVを用いてマイクロRNAのトランスクリプトーム解析(遺伝子発現量の網羅的な定量化)を行いました。マイクロRNAの染色体上の位置、クラスター情報を加味した解析を駆使することで、血管平滑筋の形質転換・石灰化に関与する複数のマイクロRNAを発見しました。具体的に、CKD由来のEVでは、血管石灰化の是正効果のあるmiR-16-5p、miR-17~92クラスター由来のmiR-17-5p/miR-20a-5p、miR-106b-5pの4種類の発現量が低下することがわかりました。さらに、実際のCKD患者コホート研究においても、腎機能がおとろえるにつれて、これらのマイクロRNAが循環EVに枯渇することが明らかになりました。
マイクロRNAの配列情報と過去の知見に基づいたin silico解析(コンピュータベースの解析)を行い、4つのマイクロRNAの共通標的分子としてVEGFAを同定しました。CKD・血管石灰化モデルマウスの胸部大動脈におけるVEGFA発現量は確かに著しく増加していた一方で、治療薬候補のGW4869ではVEGFA発現量の亢進が是正されていました。これを踏まえてVEGFAの組換えタンパク質をA10細胞に投与すると、用量依存的に骨形成遺伝子群の発現増加、リン酸カルシウムの沈着が増加しました。VEGFAがその受容体VEGFR2を介して転写因子RUNX2のリン酸化を増加させ、骨形成遺伝子群の転写を増加させるというシグナル伝達経路も明らかになりました。
さらに、国内外で抗がん剤として認可、使用されるVEGFR1/2阻害剤ソラフェニブ、フルキンチニブ及びスニチニブをA10細胞に投与すると、A10細胞の石灰化が抑制されました。最も効果の高かったフルキンチニブをCKD・血管石灰化モデルマウスに4週間経口投与すると、大動脈の骨形成遺伝子群の発現が抑制されることが分かりました。これらの薬剤が新たな動脈硬化の治療薬シーズとなることが期待されます。
以上から、健康状態では循環EVに豊富に含まれるマイクロRNA群が、血管平滑筋細胞のVEGFA-VEGFR2シグナルを抑制することで、血管が病的石灰化から免れる機構が存在するに対し、CKDを患った場合は、血液中にマイクロRNA群を枯渇した悪玉EVが多くなり、血管平滑筋の形質転換、石灰化を促進する可能性あります。
最後に、腹部大動脈の石灰化 [石灰化指数ACI ≥15%]の診断精度について受信者動作特性曲線(ROC曲線)による検証を行うと、hsa-miR-16-5p、hsa-miR-17-5p、hsa-miR-20a-5p及びhsa-miR-106b-5p各々のEV発現レベルの曲線下面積AUC(area under the curve)は、0.7630、0.7704、0.7407及び0.7704でした。これらのマイクロRNAが、腎機能(estimated glomerular filtration rate、eGFR; AUC、0.5537)よりも効果的な大動脈石灰化の予測因子であることが分かりました。最も影響力の大きかったhsa-miR-106b-5pについて多変量ロジスティック回帰分析を行うと、このマイクロRNAの一四分位低下はACIの8.32%の上昇に関連しており、14.8歳の老化に匹敵する石灰化への影響度でした。
【研究成果の意義】
本研究は、CKDにおける循環EVの品質変化(悪玉化)現象とその役割を世界で初めて明らかにしました。腎臓から全身の血管に伝播されるメッセージ物質の一旦が分かったことで、臓器間相互作用を標的としたCKDと血管石灰化の新たな治療法・バイオマーカーの開発に繋がることが大いに期待できる成果と考えらえます。
血管石灰化は心筋梗塞や脳梗塞などの心血管疾患を引き起こす原因となっており、生命寿命と健康寿命に直結する重要な問題です。しかしながら、近年までに開発されてきた降圧薬、抗凝固薬、脂質異常症治療薬や、血管石灰化の原因とされるカルシウムやリンを調整するCKD-MBD治療薬(経口リン吸着薬やカルシウム受容体作動薬)は完全に治療することはできません。今回の研究がつきとめた、悪玉EV、鍵となるマイクロRNA、マイクロRNAの標的であるVEGFAシグナルの3通りの新しいタイプの治療薬シーズが、今後のさらなる研究で実装可能となり、血管石灰化と心血管病を克服できることが期待されます。
本研究は循環EVの内包物としてマイクロRNAに着目しましたが、これ以外にも多様な分子群を解析する必要があり、この課題に現在取り組んでいます。今後の循環EVの内包物と役割を全容解明し、より生体に副作用の少ない、これまでにない治療戦略を構築していくことを目標にしています。
【用語解説】
※1 慢性腎臓病・・・・・・・・Chronic kidney diseaseの頭文字からCKDと呼称される。腎臓の働き(eGFR)が健康な人にくらべて約60%未満(60 mL/分/1.73 m2未満)に低下した状態、または蛋白尿が出るなどの腎臓の異常が3か月以上継続した状態を指す。CKDを罹患しても自覚症状を感じづらいため、健康診断や病院受診で初めて診断されることも多い。本邦では毎年推計4万人が末期腎不全に至り、新規に透析を開始している。
※2 EV・・・・・・・・EV(small extracellular vesicles)は、エクソソームとも呼ばれる、生体のほぼすべての種類の細胞が分泌する40-150 nmの小型の膜小胞である。EVはタンパク質、脂質、RNAなど多彩な機能性分子を内包しながら高濃度で血液中を循環する。EVに伝播されたマイクロRNAが標的細胞内で実際に機能することが分かって以来4)、世界的に多くの研究が実施され、有望なドラッグデリバリーツールとしても注目されている。
※3 マイクロRNA・・・・・・・・22塩基長前後の短いnon-coding RNA(ncRNA)の1種で、ヒトや様々な生物種間で塩基の配列が高度に保存されています。標的となるメッセンジャーRNA(mRNA)の3’非翻訳領域(3’-UTR)に結合して、mRNAの翻訳抑制または分解を調整し、標的遺伝子の発現を制御します。がんを始めとした様々な疾患領域で、創薬モダリティーとして注目されている。
Journal
Circulation Research
Article Title
Circulating Extracellular Vesicle-Propagated microRNA Signature as a Vascular Calcification Factor in Chronic Kidney Disease