News Release

敗者の脳は語る—神経科学が明かす、社会行動を制御する脳のメカニズム

社会的ヒエラルキーを生み出す脳の仕組みに迫る

Peer-Reviewed Publication

Okinawa Institute of Science and Technology (OIST) Graduate University

マウスの社会順位における神経基盤

image: コリン作動性介在ニューロンは「敗者効果」に関与していることが判明した。敗者効果とは、競争に敗れたマウスが優位性を低下させ、社会的順位を下げる現象。驚くべきことに、これらの脳細胞は「勝者効果」には関与していなかった。 view more 

Credit: 画像:マオチン・シュー

社会的な上下関係は、日常のさまざまな場面で見られます。例えば、高校を舞台としたドラマでは、運動部員が人気のある存在として描かれたり、大企業ではCEOが重要な意思決定をしていたりします。こうした社会的階層(ヒエラルキー)は、人間社会に限らず、動物界にも広く存在します。より優位な個体は、食料へのアクセスが早く、交尾の優先権を持ち、広く質の高い縄張りを確保する傾向があります。勝敗が社会的ヒエラルキーに影響を及ぼすことは知られていましたが、こうした社会順位ダイナミクスの背後にある脳の仕組みについては、これまでほとんど明らかにされていませんでした。 

その謎に迫ったのが、科学誌『iScience』に掲載された沖縄科学技術大学院大学(OIST)による新たな研究です。研究チームは、雄マウスの社会ヒエラルキーの神経基盤を検証し、社会順位ダイナミクスの決定に重要だと考えられるニューロン(神経細胞)を判別しました。 

本研究の共著者であり、OIST神経生物学研究ユニットを率いるジェフ・ウィッケンス教授は次のように述べています。「動物の世界では、群れの中で優位に立つには、体の大きさなどの身体的な特徴が重要だと思われがちです。しかし興味深いことに、私たちの研究では、過去の経験に基づく選択である可能性が明らかになりました。これらの意思決定に関わる脳回路は、ヒトにも同じように保存されているため、有用な類似点を導き出せる可能性があります。」 

マウスにおける社会順位決定  

研究チームは「優位性チューブテスト」を用いて、マウスのグループ内の社会的序列を測定しました。このテストでは、マウスをチューブの両端に配置し、向かい合わせます。より優位な個体は相手を後ずさりさせて前に進むことができます。複数日にわたって繰り返しテストを行い、勝ち続けるマウスを「優位」、負け続けるマウスを「劣位」と分類しました。 

その後、別々のケージで優位マウス同士、劣位マウス同士をそれぞれ対峙させました。すると、その勝敗の結果によって、各マウスが所属するケージ内での社会的順位が変化しました。「これは『勝者敗者効果』によるものです」と、本論文の筆頭著者であるマオチン・シュー博士は説明します。「勝った経験がある個体は次の対戦でも優位になりやすく、負けた個体は劣位になりやすくなります。本研究では、劣位マウスにみられる敗者効果は『コリン作動性介在ニューロン』と呼ばれる特定の脳細胞の活動に起因することが分かりました。」 

敗北の神経科学 

大脳基底核は、パーキンソン病のメカニズムや治療において最もよく知られている脳の領域ですが、行動の柔軟性を調節する役割も担っています。つまり、特定の状況への適応や、異なる条件下での意思決定に関与しているのです。 

大脳基底核はいくつかの構成要素に分かれており、その一つである背内側線条体には、「コリン作動性介在ニューロン」と呼ばれる脳細胞群が存在します。これらは以前より、柔軟な意思決定に関わることが知られています。研究チームは、コリン作動性介在ニューロンが社会的ヒエラルキーの形成にどのように関与しているかを理解するため、マウスからその脳細胞を選択的に除去し、優位性テストを繰り返し行いました。 

興味深いことに、研究チームは勝利と敗北に関わる脳回路に差異があることを発見しました。コリン作動性介在ニューロンを除去すると「敗者効果」が阻害され、マウスは過去の敗北経験に基づいて優位性を低下させなくなりました。一方で、勝者効果には変化が見られず、これらの社会的行動には異なる脳回路が関与していることを示唆しています。この結果は、勝者効果が報酬に基づく学習プロセスである可能性が高いのに対し、敗者効果は動物が異なる状況や環境に直面した際の意思決定に関わるプロセスであることを示しています。 

人間社会への示唆 

本研究は雄マウスのみを対象としていますが、その知見は人間の社会的行動の理解にも貢献する可能性があります。「人間の社会的ダイナミクスは、マウスに比べてはるかに複雑です。家庭では優位な立場にある人物が、職場では社会的順位の下位に位置することもあり、優位的行動は状況によって変化します」とシュー博士は指摘します。「こうした人間の柔軟な社会的行動に関わる脳回路については、まだ十分な証拠は得られていません。しかし、マウスとヒトの脳構造には共通点があるため、このような研究は、将来人間の社会ダイナミクスへの理解を深める助けになるかもしれません。」 


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