「チタンの優れた生体適合性の原理を表面電子バンド構造から解明」 ―高い耐食性と適度な反応性の両立―
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・長らく謎であったチタンの優れた生体適合性※1の理由が、高耐食性に加えて、不働態皮膜※2のバンドギャップエネルギー※3が小さいために適度な反応性を示すためであることをつきとめました。 ・材料の生体反応を電子の授受に基づいて説明する道を拓くとともに、生体適合性を表面電子状態から統一的に理解する道が開かれました。 ・マテリアルDX※4(デジタル革命)やマテリアルズ・インフォマティクス※5への応用が期待できます。 ・将来は動物実験や細胞実験なしに、材料の生体適合性を予測できるかもしれません。
レイビシロアリは、過去5000万年の間に40回以上も海を渡り、遠く離れた大陸に行き着いたことが、DNA配列に基づく包括的な系統樹によって明らかになりました。
気候変動が海に影響を及ぼす中、軟体動物やウニ、円石藻類といった海洋生物はどのように炭酸カルシウムの組織を形成し続けるのか。その予測は、過去の温暖化イベント中のナンノプランクトン化石記録に頼るところが大きい。今回、世界各地の黒色けつ岩層で発見された海洋性円石藻類の化石について斬新な方法で行われた研究によって、長期にわたる過去の海洋温暖化に対するプランクトンの回復力はこれまでの化石証拠が示すより高かったことが判明した。地球温暖化と大気二酸化炭素(CO2)濃度の上昇につれて、海が酸性化し、海水炭酸塩濃度も低下することは、炭酸カルシウムで殻や骨格を形成する海洋生物に影響を及ぼす可能性がある。これは特に、最も生産性の高い海洋石灰化生物であるとともに、世界の生物地球化学的プロセスにおいて中心的な役割を果たす円石藻類すなわちナンノプランクトンに当てはまる。そうとは言え、今後の環境変化に対するそれらの反応の予測は依然として難しい。約1億8,300万年前のジュラ紀前期に発生したトアルシアン海洋無酸素事変のような過去の地球温暖化イベント中におけるナンノプランクトン化石の減少は、海洋酸性化とそれに関係する環境要因が炭酸カルシウム生成を妨害する「生物石灰化危機」と解釈されてきた。しかし一部には、これらの炭酸カルシウム減少はこれらの温暖化イベント中の海底での炭酸塩の分解に起因し、海洋酸性化に対するナンノプランクトンの反応を示すその別のエビデンスの方が生物石灰化危機を引き合いに出すよりむしろ的確な説明に違いないという意見もある。Sam Slaterらは、イギリス、ドイツ、日本、ニュージーランドのトアルシアン期の岩石試料に走査電子顕微鏡法を用いて、有機物質成分の種類を調査した。従来のナンノ化石分析の枠を超え、Slaterら研究チームは見落とされていた保存形式 ―― 具体的には印象(つまり「ゴースト」)ナンノ化石 ―― に注目した。それらは規定どおりの体化石記録調査では発見できないであろう重要な情報を提供してくれる。このやり方でSlaterらは、思いがけず、プランクトンや胞子、種子といったより大きな有機粒子の表面に刻まれた多数のゴースト円石藻類ナンノ化石を発見した。彼らは、ジュラ紀から白亜紀の生物石灰化危機と推定される複数の時期の保存状態が完璧なナンノプランクトンの印象化石を見つけたのである。このことは、過去の温暖化イベントに対するナンノプランクトンの回復力は従来の化石記録分析が示す以上に高かったことを示唆している。これらの発見は、少なくともカルサイトを形成するプランクトンにとっては研究対象となった時代には生物石灰化危機を示すエビデンスがないことを示している。また、化石記録を文字どおりに読み取るだけでは間違った判断につながり得ることも強調されたと、Slaterらは述べている。関係するPerspectiveではJorijntje Henderiksがこの発見をさらに詳しく説明している。
1本の長い光ケーブルを、周囲の活動を検出可能な複数の個別セグメントとして転用する方法を用いれば、海底通信ケーブルは広大な海底環境センサー網になる。この新しい方法は、光ファイバーを用いた海底センシング技術の有用性を実証した過去の研究に基づくものであり、海底地震振動や海流を高い精度で検出し、その特徴を明らかにできる可能性がある。「海底ケーブルを環境センサーアレイに転用することによって、既存の海底インフラに手を加えることなく、数百または数千個の常設リアルタイム海底センサーからなる大規模センサー網を実現できる」とGiuseppe Marraらは述べている。「これにより、地球内部の表層および深部で起こる変化について、我々の理解が一変するだろう」。既存の通信用海底光ケーブルを海底センサーとして用いることで、地震活動をはじめとする海底の擾乱が監視可能なことを実証した研究が増えている。しかし、これまでの技術では、全長数千キロメートルにもなるケーブル全体を1つのセンサーとして利用していたため、空間分解能や感度に限界があった。Marraらは、ケーブルやレーザー内を移動するあいだに光信号を増幅する中継器を利用し、1本のケーブルを複数の個別セグメントに分割すれば、1本のケーブルが干渉法を用いた環境センサーアレイに転用できることを示した。著者らがこの方法のテストに用いたのは、英国とカナダを結ぶ全長5,860キロメートルの海底光ファイバーケーブルで、このケーブルにはおよそ46キロメートル毎に中継器がある。Marraらはこの方法を用いて、ケーブル沿いで数回の地震と、弱い地震動、海流を検出した。また、同ケーブルの複数のセグメントから得た信号を用いて、遠方で発生した地震の震央地域の特定にも成功した。 この論文にご興味のある記者の方へ:Scienceでは最近、既存の通信ケーブルを地球物理センサーとして用いる同様の方法を提案した論文を数回掲載しました。 2021年2月のScienceのReport(https://www.science.org/doi/full/10.1126/science.abe6648)では、通常の通信トラフィックにおける偏光を利用することによって、全長1万キロメートルの海底光ファイバーケーブルで地震擾乱を検出できることが実証されました。 また、2019年11月のScienceのReport(https://www.science.org/doi/10.1126/science.aay5881)では、未使用状態の光ファイバーケーブル「ダークファイバー」を用いた分散型音響センシング(DAS)によって、海洋と海底のダイナミクスを監視できることが実証されました。
問題のあるインターネットの使用は薬物中毒などの常習行為に類似しているが、関係する神経生物学的や心理学的なメカニズムは謎のままである。Perspectiveにおいて、Matthias Brandはインターネット中毒の可能性ならびにその概念化と評価のための最善の方法について考察している。「ソーシャルディスタンスや在宅勤務のこの時代において、インターネットの使用が増加しており、インターネット依存傾向によって引き起こされる危害を評価することが重要である」とBrandは述べている。インターネットのある側面によって問題のある常習行為が引き起こされ得る人々もいて、インターネット使用者の日常生活において機能障害及び機能不全が引き起こされているとの認識が広まっている。ゲームやギャンブルなどの問題のあるインターネット使用は疾患であると認識されているが、他ではネットショッピング、ソーシャルネットワークの使用やポルノなどが特に指定されていないままである。今回、Brandはインターネット中毒を引き起こし得るメカニズム、他の中毒と異なるのか、または類似しているのかを説明する研究について簡潔にレビューを行った。著者によると、最も問題のあるインターネットの使用によって、喜びがもたらされ、気分の落ち込みを抑制し得る、すなはち、中毒性の薬物使用が脳の報酬系に及ぼす影響に類似した反応であった。他の使用では強迫的使用のパターンが引き起こされ、自己統制による制御によっても問題のあるインターネットの使用が引き起こされ得ることが示唆されている。Brandによると、インターネット依存傾向が、良好な選択ないし脳内における報酬行為の制御を行うことの困難さの結果である可能性がある。インターネット中毒の根本原因を評価すると、ある人々が他の人々よりも中毒に脆弱になること、また問題のあるインターネット使用の防止方法について理解が深まる可能性がある。
立法者および政策決定者は、法律および政策において「性別」を定義する必要があるとき、生物学または保健科学の分野における定義に頼ることが多い。しかし、Maayan Sudaiらは本誌Policy Forumの中で、こうした慣習は健全なガバナンスのように見えるが 、非合理的で意図されない、時には害を及ぼす結果をもたらす可能性があると主張している。この著者らによれば、科学における性別が、法律および政策の領域でどのように解釈され、また適用(または誤用)される可能性があるのかについて、研究者たちは自覚する必要がある。科学者による性別の定義およびその使用と、政策決定者による同じ概念と定義に対する意味付けと適用の仕方との間には、ほとんど関係がないことが多い。例えば後者により、LGBTQ+の権利と保護といった、政治的に争点となっている様々な問題に関する政策を擁護あるいは反論するために用いられる場合がそうである。今回Sudaiらは、こうした問題への注意を呼びかけ、生物学や法律との関連で性別の概念を規定することにみられる中心的な懸念について要約している。著者らは幾つかのアプローチを提案しているが、これらは科学者にとって、自分たちの研究内容が他の人たち、とくに科学研究の世界の外にいる人たちによってどのように解釈される可能性があるのかを理解するうえで、またそうした研究内容が支持できる、あるいは支持できない前提や立場についてより明確化できる領域を明らかにするうえで助けとなるものである。「生物学的な性別の概念の科学的な使用において、明確さ、正確さ、および厳密さが欠けていると、そのために生物学的な性別に関する科学的なコンセンサスについて立法者が誤った理解や解釈をするリスクが高まる」と、Sudaiらは記している。「有害なまたは恣意的な政策を正当化するために科学が利用される場合、科学研究において性別に関する考察、概念化、および適用がどのようになされているかについて、思慮深く、倫理的で説明責任のある判断・行動が極めて重要となる。」
豊橋技術科学大学情報・知能工学系認知神経工学研究室の田村秀希助教と独ユストゥス・リービッヒ大学ギーセン 心理学科の研究チームは、ヒトと同じような判断基準で物体材質を識別する画像計算可能なモデルを提案しました。特に、鏡や金属の表面のように周囲の空間像を反射する「反射材質」と、ガラスや氷のように周囲の空間像が透過する「透過材質」の2つの材質を、今回の識別対象とし、ヒトがこれらの材質を識別する際に利用する画像手がかりの存在が示唆されました。本研究の成果は、質感を高精度かつ低コストに表現する画像技術への応用が期待されます。
豊橋技術科学大学電気・電子情報工学系の博士後期課程 蒲生 浩忠、西田 仁 特任助教、永井 篤志 特任准教授、引間 和浩 助教、松田 厚範 教授らの研究グループは、全固体リチウムイオン二次電池用Li7P3S11固体電解質の量産技術を開発しました。本手法は、アセトニトリル(ACN)とテトラヒドロフラン(THF)、微量のエタノール(EtOH)の混合溶媒に、Li7P3S11の出発原料であるLi2SとP2S5とともに硫黄(S)を過剰に添加することで、従来では24時間以上必要であった反応時間をわずか2分まで短縮しました。本手法によって得られた試料は、不純物相を含まない高純度なLi7P3S11であり、25 oCで1.2 mS cm-1の高いイオン導電率を示しました。本成果により、全固体電池用硫化物系固体電解質を低コストで大量に製造することが可能になります。本研究成果は、Advanced Energy and Sustainability Researchに2022年4月28日付けでオンライン公開されました。
局地的な降水量や降水頻度には、周辺の地形等が大きく影響します。しかし、従来の予報モデルにその影響を組み込むには、モデルの高解像度化と大量の計算機資源が必要であり、実現が困難でした。東京大学 生産技術研究所の芳村 圭 教授と吉兼 隆生 特任准教授は、広域の気象と複雑な地形等に強く影響された局地気象の関係性をパターン認識し、バイアス補正する手法を開発しました。その結果、誤差を大幅に低減し、複雑な地形に対応した降水の推定が可能となりました。降水の予報精度向上による水災害リスクの低減や、水資源量の推定への活用が期待されます。
国際ヒト細胞アトラス(Human Cell Atlas:HCA)コンソーシアム(目標はヒトの体内のすべての細胞タイプをマッピングすることであるが、これまでは主に個々の臓器と組織または小さな組織サブセットの細胞の研究に焦点を当ててきた)の研究者が大きな成果を報告した。これまでで最も包括的な組織横断的細胞アトラスとなる、33の臓器の100万個を超える個々の細胞の詳細なマップの作成である。得られたデータは4件の研究で公開されており、一般疾患及び希少疾患、ワクチン開発、抗腫瘍免疫学及び再生医療の理解のために情報を提供するなど、治療に関する多くの意義を有する。 1件目の研究では、Tabula Sapiensコンソーシアムが、24の臓器の400種類を超える細胞タイプの分子定義を示す、特に幅広い細胞アトラスを提供している。彼らはこれを「Tabula Sapiens」データセットと呼んでいる。これをアセンブルするために、著者らは個々のドナーの複数の組織から採取した上皮細胞、内皮細胞、間質細胞、免疫細胞を含む約500,000個の生細胞に対して単一細胞RNAシーケンシング(scRNA-seq)を用いた。単一ドナー由来の複数の組織の分析が可能であったため、遺伝的背景、年齢、環境曝露、エピジェネティックな影響について制御した組織間比較を行うことができた。Tabula Sapiensデータセットを用いて、同一遺伝子を異なる細胞型に別々にスプライシングする方法や、免疫細胞のクローンを組織全体で共有できる方法などのヒトの細胞生物学に関するいくつかの新たな見識が得られた。 単一細胞アトラスは、疾患遺伝子が人体全体で作用している特定の細胞型のマッピングに役立つことが期待されている。これを構築するには、すべての細胞型のプロファイリングと(scRNA-seqを用いて解析することが困難な細胞を含む)、多数の人に由来する細胞が必要である。これは、組織を採取して凍結した後で解析する必要があることを意味している。このパッケージの2件目の研究では、Gökcen Eraslanらが、単一核RNAシーケンシング(snRNA-seq)を最適化し、凍結細胞を使用するという課題を克服した。Eraslanらはこの技術をドナー16名の健康な臓器8個に由来する凍結サンプルに適用し、200,000を超える核プロファイルの組織横断アトラスを作成した。Eraslanらは機械学習を用いてアトラス内の細胞を数千の単一遺伝子疾患および複合遺伝子疾患と形質に関連付け、疾患に関与しうる細胞タイプおよび遺伝子プログラムを明らかにした。 歴史的に、ヒトの免疫系に関する科学者の理解は、ほとんどが血中を循環する細胞の役割に限定されてきたが、組織内の免疫細胞は健康維持に不可欠である。Cecilia Dominguez CondeらとChenqu Suoらの研究では、組織全体の免疫細胞の機能をよりよく理解するために、成人の免疫細胞と発生中の免疫細胞をそれぞれプロファイリングした。Dominquez Condeらは、scRNA-seqを用いて、12人の成人ドナーの16組織の自然免疫細胞と適応免疫細胞を調査し、300,000個を超える細胞の遺伝子発現プロファイルを得た。また、細胞タイプのアノテーションを補助する機械学習ツール「CellTypist」を開発した。このアプローチにより、これまで過小評価されていた細胞の状態を含め、100万個以上の細胞から約101種類の免疫細胞の種類や状態を特定することができた。最後の研究では、Suoらが9つの出生前組織のscRNA-seq、抗原受容体シーケンシング、および空間トランスクリプトーム解析を用いて、妊娠段階を通して発達中の免疫系の単一細胞および空間アトラスを作成した。この知見は、発生中の免疫系の1つか少数の器官に焦点を当てた研究からの知見を超えて、血液と免疫細胞の発生が、一次造血器官だけでなく、多くの末梢組織にわたって起こることを明らかにしている。 これらの4つの研究とその知見について、関連するPerspectiveでZedao LiuとZemin Zhangがさらに考察している。「まとめると、これらの汎組織研究は、包括的なヒト単一細胞アトラスの構築へとわれわれを近づけている」と彼らは述べている。